空蝉のかご’16


この作品は2014年の学内発表「空蝉のかご」を加筆修正したものです


【あらすじ】

それは「本能」か、それとも「信号」か__。幸せになるためのバイブル、「幸せのかご・ハッピー大作戦」のもと実行された。

【登場人物】

 男

 女

 少年

 

 食欲

 睡眠欲

 性欲

 昇進欲

 金欲

【本文】


※BGMはビゼー作曲、オペラ「カルメン」に準ずるものとする

 

 

 

 「第一幕前奏曲後半」が流れる

  明転

  ある一室。部屋は薄暗く、中央のテーブルに蝋燭が幾つか置いてある。

  話し声が聞こえるが、楽しそうとは思えない。何かもめていて、それが泥沼化し、

 口数が少なくなりつつあるところだった。一人が「しっ」と皆を静かにさせる。

 遠くで大きなため息が聞こえる

  

  睡眠 「今の聞こえた~?溜息したわよ。それも結構深いやつ」

  性  「そんなのいつもどおりじゃない。話逸らそうって魂胆でしょ?」

  昇進 「でも聞こえた。溜息」

  金  「全く、溜息つきたいのはこっちの方だってのに」

  

  食欲が大きく呼吸を繰り返す

 

  性  「なにしてんのさ」

  食  「空気食べる練習」

  性  「そんなんでお腹が満たされるわけないじゃない」

  食  「わかってる。だってこんなに話が長引くんじゃ溜息つくのもあたりまえでしょ」

  昇進 「あーもう!なんだか会議の趣旨が変わってきそうだから、簡潔にいきましょ!」

  睡眠 「そうねぇ…(欠伸)こう眠気が襲ってくるじゃない?」

  昇進 「それはあなただけよ」

  金  「いちいちつっかかるとまた話が長くなるぜ昇進欲さんよ」

  昇進 「は?あんたにだけは言われたくないわね金欲。

 全然話し合いに参加してないじゃない。やる気あんの?」

  金  「なんだとこの優等生ちゃんが!」

  性  「じゃあ、名前はハッピー大作戦でいきましょ!」

  4人 「ハッピー大作戦?」

  性  「そう!私たちがかごをつくってあげるのよ!で、いいお花畑を紹介するの」

  金  「なんか抽象的すぎて隠語じゃないだろうな性欲」

  性  「失礼な!(気を取り直し、蝶を手で作って動かしながら)

 で、こう蜜を吸いに誘導してあげて……かごに、入れるッ」

  食  「それを…食べる?」

  性  「食べちゃダメ!ちゃあんとかごにいれて大事にとっておかなきゃ」

  昇進 「…勝算はあるの?」

  性  「あったりまえでしょ?私を誰だと思ってるのよ」

  4人 「性欲」

  性  「…よく分かってるじゃない」

  睡眠 「あとは、この前話した段取りでいいわけ?」

  金  「いいだろ。サプライズ性持っとかないと、特別味ないしな」

  睡眠 「サプライズかあ…上手く行くといいけど」

  食  「でもこんな大掛かりな事するんだから、真摯に受け止めてくれなきゃ困る!」

  昇進 「そうね。あくまで目的は活性化させることだし」

  性  「とかく明日の正午、河川敷で体育座りからの石投げ後、追い溜息が合図よ」

 

  5人頷く。それぞれ去りながら暗転

  

 川のせせらぎ音が聞こえる。明転。昼下がり、男が野原中央に腰かけぼーっと川岸の奥を

 眺めている。ゆらゆらと揺れる水面が彼の心を映しているようだ。波は穏やかではあるが、

 静かではない。

 

  男  「はあ…どうしてこう上手く行かないんだろう」

 

  手元に落ちていた石を拾い、川へ投げる。石は音を立てて川底へ波紋を残し、沈んでいった。石を見送った男は深い溜息をつく。

 

  睡眠 「そんなあなたに朗報です!」

  男  「?だれだ?」

 

 男は辺りを見回す、しかし誰もいない。

 

  睡眠 「私たちはあなたを助けたい!」

  食  「そして幸せになってもらいたい!」

  昇進 「そんなチャンスが巡ってきたのです!」

  金  「今なら年会費無料!」

  性  「どうですか?チャレンジしますか?」

 

 男は聞かなかったフリをする 

 

 欲求達、ひそひそと話す

  

  性  「ちょ、ちょっと!なんで無視するの⁈」

  睡眠 「やっぱダメだったんじゃない?」

  食  「抽象的過ぎて伝わりづらいんじゃない?」

  昇進 「これのどこに勝算があるのよ!」

  金  「客引きかなんかだろこれ…」

 

  男  「あの、ぼくそういうの興味ないんで!静かにしてもらえません?」

 

  性  「あ、聞いていました?」

  食  「興味ないって!なんか辛辣」

  金  「やっぱ胡散臭いんじゃね?」

  昇進 「睡眠欲、お願い」

  睡眠 「はーい」

 

  睡眠欲の指パッチンで突然景色が真っ暗になる

 

  男  「今度は何だ⁈」

  

  以下、いつになく真剣に。

 

  睡眠 「いいですか?これは宗教団体や占いの勧誘なんかじゃありません」

  昇進 「あなた自身に関わることなのです!」

  金  「俺たちはこの危機を少しでも感じてもらうために呼び出したんだ」

  食  「心の飢えは己でしか満たしてくれない」

  性  「私たちはあなたに器を提供しに来たの」

 

  明転。男を囲むように欲求達が立つ。掛け声とともにポーズを決める

 

  男  「(びっくりして)なんだお前らは!」

 

  食  「食欲!」

  睡眠 「睡眠欲!」

  性  「性欲!」

  昇進 「昇進欲!」

  金  「金欲!」

 

  5人 「5人揃って、五大欲求、ただいま参上!さあ、私たちを解放して!」

  

  欲求達、男に手を差し伸べる

  

  男  「帰ってくれ」

  5人 「え~!」

  食  「何よ!せっかくこの場を用意したのに~失礼しちゃう!」

  睡眠 「…用意したのは私」

  性  「ともかく第2ステップね」

  男  「何のことだ?」

  昇進 「いいですか、私たちはあなたの欲求です」

  男  「欲求?」

  昇進 「私たちはあなたの心の危機を察知し、

 迅速に対応するため、この場所…つまり精神世界を作りました」

 

  男は無言で自分の頬をひっぱたく

 

  昇進 「あの…だから、夢じゃないんですよ」

  食  「大丈夫、とって食ったりしないから」

  睡眠 「明晰夢とは違うからね~トリップに近いかも」

  性  「しーっ」

  金  「ともかく、だ。俺たちを解放してくれないと困るんだよ。な?」

  男  「そう言われても…」

  性  「方法はカンタン!とにかくもやもや~っとしたのをパ~っと出しちゃうのよ!」

  男  「はぁ…」

  金  「そうそう!こういう時はパ~っと使っちゃえばいいわけよ!パ~っと!」

  男  「いや、別にそんな…悩みとか」

  食  「いい?悩みなんてもんじゃない。もっとあなたの深い深い根底にあるの。

 例えば、お腹を空かした時に入れるゴハンの一口…」

  男  「いや、お腹空いてるわけじゃないし」

  睡眠 「熟睡した日の朝のようなスッキリとした…」

  男  「いや、ちゃんと寝てるし」

  性  「え?じゃあちゃんと営んでるの?!」

  男  「なっ⁈」

  性  「え~?ま、知ってるから別にいいけど」

  男  「なんだよそれ!」

  昇進 「つまり現状維持に満足し…」

  金  「収入もそのまま…」

  男  「いいだろ別に!俺はこのままで充分満足してるんだ何か文句あるのか!」

 

  欲達が男をじっと見つめる

  

  男  「俺が自分の欲に嘘をつくわけないだろ…」

  食  「…本当にそう思う?」

  男  「ああ、そうだよ」

  性  「じゃあまだ気づかないだけかもしれないね」

  男  「何がだ」

  睡眠 「いずれ気づくわ…その時、また会いましょう?」

  男  「だから!」

  昇進 「私たちを必要とする時を待っていますね…」

  男  「なんで!」

  金  「あばよ、ブラザー」

 

  暗転し、欲達が消えていく。

  明転。元の河川敷の場所で男は座ったまま寝ている。

 後ろで少年が虫捕り網を持ち、虫を追いかけまわす。

 男はまだ意識が朦朧としながらも目を覚ます

 

  男  「なんだ、やっぱり夢じゃないか…」

 

 男の背後から少年が歩み寄っていき、男の頭にいる虫を捕まえようと網を振り下ろす

 

  男  「いだっ!」

  少年 「あっ逃がした…ごめんおじさん」

  男  「おじさんじゃない!まだ20代だ!」

  少年 「まだってことはもうすぐおじさんってことでしょ?おじさんじゃん」

  男  「どっちかっていうとおにいさんだ!」

  少年 「ふーん…いちいち気にするんだね。オトナって大変だね~」

  男  「(溜息)…わかったから早く追いかけた方がいいんじゃないか?」

  少年 「そうだった!おじさんみたいに暇じゃないんだった!じゃあね、おじさん!」

 

 少年が走り去っていく

 

  男  「だからおじさんじゃない!」

  

 久しぶりに大声を出して息が切れそうになる。

 ふと、腕の時計をみると昼休みの時間が終わろうとしていた。

  

  男  「まずい、仕事に戻らなきゃ!」

 

 男も少年と反対側に去っていく

 誰もいなくなった河川敷に「ジプシーの踊り」が流れる

 夕方になり、人の声や車の走行音、足音や信号の歩行音が段々と聞こえてくる

 河川敷から街並みにフェードしていき、人が急ぎながら流れるように交差する

 行き交う人々が曲のテンポに合わせて踊る様に通り過ぎていく

 男が人を縫うように時計を見ながら速足で歩いていく

 反対側から女が歩いていく。男に電話をかけようとする。

 男、自分の携帯が鳴るのに気づき、すかさず出る

 

  女  「もしもし?今どこ?仕事終わった?」

  男  「え?声が遠くて聞こえない」

  女  「だから、今どこって」

  男  「帰る途中!」

  

 人混みが激しくなっていく。女は人混みを抜け、舞台端で停まる

 

  女  「え?」

  男  「ちょっと待って」

  

 男は人混みを機敏に抜かしていく。女と反対側の舞台端で停まる。曲終わり

 

  女  「…もしかして、近くにいる?」

  男  「え?」

  女  「なんか目印みたいなの、ある?」

  男  「ん~、○○が見えるかな」

  女  「ああ、○○ね。見える見える。何ていったらいいの、その通りの駅側かな」

 男  「駅側ね…じゃあ、反対側かな」

  男と女が中央に歩きだす

 

  女  「ああ良かった。会えないかと思って心配した」

  男  「そんな、大袈裟だな」

  女  「今日はほんと楽しみにしてたんだよ?」

  男  「…まあ、楽しみにしてくれてたのはいいけど」

  女  「でしょ?早く行こ?」

  

  男と女が奥へ歩き出す。カウンターテーブルと椅子が二つ。

  バーのマスターがカクテルをシェイクしている

  二人は椅子に座る(客席には背中を見せている)

  店内の曲には「夜想曲(ミカエラのアリア)」が流れる

 

  女  「え?自分の欲が夢に出てきた?」

  男  「しっ!声が大きい!」

  女  「あ、ごめんね。仕事の疲れでうなされてるだけじゃない?

      疲れてるときってよく夢を見やすいっていうし」

  男  「んー、そうだといいけど。ここまではっきりと覚えているのは初めてかも」

  女  「そっかぁ…確かにもう何時間も経ってるわけでしょ?

 そこまで覚えてるってことはよっぽど印象的だったって事でしょ」

  男  「まあ…」

  女  「で、何が足りないの?」

  男  「何って?」

  女  「だから、この話からして、何が足りないの?自分に?」

  男  「えっ…」

  女  「ちょっと耳貸して(耳元でこそっと話そうとする)」

  男  「(突然立ち上がり、顔色を変えて)それはまだ早いって‼」

  女  「早いの?」

  男  「早いでしょ!」

  女  「早いんだ?」

  男  「早いよ…(座る)」

  女  「早いかな~」

  男  「早すぎるよ~」

 

  マスターが二人にカクテルを用意する

 

  女  「とりあえずまだ早いことに乾杯(グラスを持つ)」

  男  「なんで?(グラスで乾杯する)」

  女  「(グラスの中の酒を飲み干し)私が夢の中に出てきたらいいのに」

  男  「俺の夢に出てきてどうするの?」

  女  「だって毎日会いに行けるかもしれないでしょ。

      そしたら、丁度いい時間になる。…私はいつだって、足りてない。

      今が一番楽しいのに、また求めようとしちゃう」

 

 間。女が男の手を握る

 

  女  「ねえ…次会えるの、いつ?」

  男  「(考えて)来週の金曜。また近くなったら連絡するよ」

  女  「約束だよ?」

  男  「ああ、約束だ」

  

 指切りを二人でしながら照明がフェードアウトする

 「アラゴネーズ」が流れる。曲中、パソコンのキーボード音や歩行音、

 電車の走行音が聞こえる

 

  女  「あ~待ちきれない!」

 

 明転。待ち切れずそわそわする女。曲終わり

 

  女  「はぁ…来週かあ…来週こそは…」

  少年 「おねーちゃんも虫つかまえるんだ?」

  女  「え?」

  少年 「だって、来週こそはつかまえるんでしょ?」 

  女  「やだ恥ずかしい。聞いてたの?」

  少年 「バッチリ聞いてた。いいからこれ持ってきなよ」

 

  少年が虫捕り網を渡す

 

  女  「これは…?」

  少年 「ぼくにはスペアがあるからひとつあげる」

  女  「スペア?あ、ありがとう」

  少年 「礼はつかまえてっからにしてくれよな」

  

  少年が去っていく。

 

  女  「まあ。ませてるのね…でもこれ、ラッキーアイテムってことかしら」

  女が虫捕り網を振り回す

  「ハバネラ」が流れる

  暫くして女が蝶を捕まえる

 

  女  「意外と出来るものね」

  

  捕まえた蝶を逃がす

 

  女  「ふう。帰り道でよかったわ。こんなの電車で持っていたら恥ずかしい…フフ」

  

   さっぱりとした顔をしながら携帯を取り出し、メールをする

   

  女  「ああ、でも。ここは耐えるのよ私。そうじゃないと引っ掛かってくれない…」

  

  女、スキップして下手側に去っていく

  舞台奥、欲達がテーブルを囲んでいるのが見える

  男が上手から携帯を見つつ出てくる

 

  男  「…何か悪い事したかな…?気のせいか…」

  

  男  「(歩き回りつつ)来週か…どうしよう。これだから一歩踏み出せないのか…」

 

  食  「んもう!じれったいなぁ!早く食っちまえばいいんだよ!」

  男  「えっ?」

  性  「もうちょっと粘っても…ま、そろそろ潮時か~」

  睡眠 「寝る時に支障でないよね?」

  昇進 「大丈夫でしょ、ちょっとぐらい」

 

  欲達が男の前に出てくる

 

  金  「よっエンジョイしてる?」

  男  「なんだまたお前たちか…」

  食  「なんだって何よ!」

  睡眠 「まあまあ。そろそろ分かってきた頃かな~と思って出てきちゃいました~」

  男  「呼んだ覚えはない。さっさと帰ってくれ」

  金  「ったく、ほんと何ていうの。

 お前ってやつは生真面目っていうより鈍感で素直じゃないんだよな。

 どっかの誰かさんみたいに」

  昇進 「誰よそれ」

  金  「昇進欲さんには教えなーい」

  昇進 「(ムッとして)何それ!」

  男  「だいたい、俺は今の生活で充分満足してるんだよ」

  性  「満足してないからこんなことになってんでしょ!」

  男  「⁈」

  性  「確かにこれであなたは満足かもしれない。だけどね、体はどうだと思う?」

  男  「体…」

  性  「あなたが人間として生きていくための器、この先どうなっちゃうのかしら」

  男  「どうなるって…」

  

 欲達たたみかけるように

 

  食  「美味しいものを食べて」

  睡眠 「疲れたら寝て」

  金  「好きなものの為に金を稼いで」

  昇進 「もっともっと満足するためには」

  性  「愛してあげて。あなたが末永く生きる為にも。」

  男  「そんな急に言われても…」

  性  「心では分かってるんでしょ。大丈夫、私たちがいる。私たちを使って。愛してあげて」

  睡眠 「強く、強く願うのよ。自分が今何をしたいか、これから何をしていくべきか、

 そのためにどう行動すべきか…全てはあなたの欲の深いところよ」

  

   男、目を閉じ、祈る。自然と膝立ちになる

   後ろから女が現れる。虚ろな目をして棒立ちのまま男を見つめている

 

  女  「思い出してよ。私、このままじゃ…」

  性  「そう!女!彼女よ!」

  女  「…」

  食  「(性欲に割って入り)彼女がいれば美味しいご飯だって食べられるし」

  金  「彼女がいたらこんな風にプレゼントを買ってあげられるし」

  昇進 「彼女とさらに高みを目指せる」

  睡眠 「それで疲れたら、一緒に眠ればいいじゃない」

  性  「どう?私たちの力。欲しくないの?」

  女  「…」

  男  「…欲しい」

  金  「だろ?やっぱ何するにしても金は必要なんだよ(ゲス顔)」

  昇進 「はぁ?何言ってんの?

 私がいなきゃアンタの好きな金が手に入らない資本社会なのに?」

  金  「あ?金が出来てからの資本ができたんだろーが!」

  

  昇進欲と金欲が激しくいがみ合う。睡眠欲が止めに入ろうとする

  睡眠欲が寝たところを食欲が食べようと下ごしらえを始める

 

  睡眠 「ちょ、ちょっと二人とも…!だめ、眠気が…アッ(その場で倒れる)」

  金  「だいたいお前はいっつも面白味がねえんだよな!

 もっと夢はでっかくなきゃだめだろ?そのための金だっつーの!」

  昇進 「あのねぇ、上にのし上がるためには順序ってもんがあんの。

 そんじょそこらの銭ゲバカと一緒にしないでくれる?」

  金  「なんだとこのプライスレス野郎!目に見えない幸せは愛だけでいいんだよ!

 金で買えるしな!」

  昇進 「ホント価値を金でしか見られないなんて可哀想!

 何事も自分の力で行動して手に入れてこその価値でしょう!

 アンタ絶対賭け事の勝負なんか怖気づいて出来ないでしょうね!」

  金  「そんなこと言ってお前だってその先にある金が欲しいだけじゃねーか!

 (札束ではたこうとする)」

  昇進 「いたっ!昇進チョップ!(金欲にチョップを繰り出す)」

  金  「え…ほんとに痛いんですけど⁈なんでこんなに強いの?」

  性  「(金欲と昇進欲の肩に手を置き、間に割って入る)結局さあ、二人ともそれは愛だよね?」

  昇進・金「え?」

  性  「せーのっ!」

  

  性欲二人にくっつこうとして逆に体制を崩してしまう。二人が倒れる

 

  昇進・金「ぎゃあああああ‼」

  食  「睡眠を食べる。まるでバクのようですな」

  性  「(昇進欲と金欲の姿に満足し)何言ってるの?食欲」

  食  「全ての生き物に感謝して、いただきまーす!」

  性  「ちょっと!身内を食べるの禁止!」

  食  「あーら、身内をオカズにしている性欲さんが言う事じゃないでしょお?」

  性  「だって~本能には逆らえないしぃ~」

  食  「私だって本能に従順になるべきよね?(舌なめずり)」

  性  「え…?」

  食  「あなたはどんな味がするのかしら…!(性欲に襲い掛かる)」

  性  「うわぁああ!そういうのもありっちゃありでしたね!ありがとうございまーす!」

  睡眠 「(目を閉じたまま酔拳の様に立ち上がり)おはようございます!いい朝ですね‼」

  性  「睡眠欲!なんとかしなさいよ!」

  食  「あ、獲物が起きた」

 睡眠 「(快活と)やあ!君たちも眠り給え!すっきりするぞ!ハッハッハッハ!」

  性  「何言ってんのこの寝坊助!目を覚ましなさい!」

  睡眠 「(拳を振りながら大声で)ね~んね~ん、ころ~り~よ、おこ~ろ~り~よ~♪」

  4人 「いやだ!まだ寝たくなーい!寝たら死ぬ!寝たら死んじゃうんだ~!」

  男  「やめろ!」

  

  祈ったままの男が目を覚まし立ち上がる

  

  男  「お前たちの言い分は良く分かった。いいよ…解放してやる」

 

  欲求達、口々に喜び、外へ出ていく

  男が後ろを振り返り、女の存在に気づく

 

  男  「やっと気づいたよ。…絶対に幸せにするって」

  女  「…」

  男  「だから、色々考えたんだ。約束、してくれる?」

  女  「(少しうつむく)…うん」

  

  二人で指切りをする。

  性欲が一人戻ってくる

 

  性  「はーい、独りで悶々としな~い!

 本人とやんなきゃダメでしょ?(女を連れて)じゃあね~!」

 男  「あっちょっと!…(連れて行った方向に向かって)絶対きみを幸せにするから!」

 

 頬を叩いて活を入れる男

  少年が舞台端から出てくる

 

 少年 「こうして、彼はまるで人が変わったかのように一週間をすごしました。それでは

 ミュージック、スタート」

 

 少年、去る

 「第一幕前奏曲前半(闘牛士)」が流れる

 

 仕事場→会議室→二手に分かれ飲み会・社内での噂→金曜当日の夜→彼女との

 ディナー→婚約指輪を渡す まで曲間で繰り広げられる。

 モブを使っても欲求達を使っても良い

 曲終わり 遠くで盛大な拍手が聞こえる

 

  女  「(抱きしめ)早いんじゃなかったの?」

  男  「いや、丁度いいタイミングだと思ったんだ」

  女  「そっかぁ」

  男  「そうだよ」

 

  二人が舞台奥へ歩いていく

 欲達が出てくる。性欲が虫かごを持ってる

 

  性  「なーんか、いい感じじゃない」

  睡眠 「『ハッピー大作戦』、順調ってやつ?あとは寝るだけかぁ~」

  食  「あのご飯美味しかったな~上品な味だったな~」

  昇進 「(メモを取りつつ)あとはかごに入れるだけ…と」

  金  「く~っ!やっぱこういう時こそ金を使わないとなぁ!」

  昇進 「ちょっと耳元でうるさいな!」

  金  「なんだよ、つれねぇな~そんなにデータが大事かよ」

  食  「金欲、あのご飯、いくらぐらいした?」

  金  「え?あー…なかなかいい値段したぜ」

  食  「私~またアレ食べたいな~」

  金  「げっ!やめとけって!…見積もってもあと半年は食べないだろあんなの」

  食  「え~ショック~」

  性  「ま!とにかく第2ステップ達成を祝して…」

  睡眠 「祝して…?」

  性  「まとめてハグハグ~!」

  4人 「ギャァアアア」

 

  暗転

  「闘牛士の歌」が流れる(冒頭部分のみ)

 

  女  「やっと捕まえた…」

 

 明転。虫捕り網を振り下ろした女がいる

 

  女  「(網をすくい上げ、引っ掛かった蝶をつまむ)もう逃がさない。フフ」

  少年 「(後ろから出て)おねーさん捕まえるの上手だね」

  女  「わっ!びっくりした…いたのね。おかげさまで。ありがとね」

  少年 「どういたしまして」

  女  「あなたも捕まえられてるじゃない!すごいわ、頑張ったのね!」

  少年 「大したことじゃないよ…それ、かごに入れないの?」

  女  「かご…?ああ、かごかあ…(少し思案し)かごはいいわ…」

  少年 「?」

  女  「このままでいいの。逃げやしないわ」

  少年 「…どうやって捕まえたの?」

  女  「そう、あれはね…」

 

  (ここからは回想シーン)

 

  女  「あれは…2年前のことかしら。

      ちょうどこんな河川敷で、出会ってしまったの」

  

  男が後ろ中央から出てくる。雷鳴が轟き、女に直撃する

 

  女  「私の体中に電撃が走ったわ。『彼しかいないんだ』って」

  少年 「なんで?」

  女  「カンよ。女のカン。ビビッときたの」

  少年 「はぁ…一目惚れかよ」

  女  「でもね、まー厄介なことが一つあって」

  少年 「やっかい?」

  男  「でもさ、まだそういう気分じゃないっていうか」

  女  「そういう気分じゃない…?」

  男  「心の準備というか…」

  少年 「なんの準備だよ」

  女  「だから何ていうか、私が一方的だったのよ」

  少年 「うわぁ…」

  女  「まあでも、そうよね。向こうの気持ちなんて知りもしないで、

 自分の気持ちだけぶつけて。だから、待つことにしたの」

  少年 「押してダメなら引いてみろ…」

  女  「そんなところかな。だから話をいっぱい聞いた」

  少年 「どんな話?」

  女  「やっだ!ここで言えるわけないでしょ!恥ずかしい…

 プライバシーに関わるから言わないけど、感想をいうとねぇ、蝶々みたいだった」

  少年 「ちょうちょ?(もともとちょうちょの話じゃなかったんだ…)」

  

  男が蝶の羽をつける。花畑も湧いてくる。「ハバネラ」が薄く流れる

 

 女  「なんか、ひらひらしててふわふわしてて、終始お花畑にいるような気分になった」

  少年 「それってやばいんじゃない?」

  女  「やばくないわ。楽しかったって言いたいの!私にはないような感覚…

 その考え方や感じ方がとても新鮮だった。

 尊敬って言葉はここから生まれてくるのね。ますます好きになったわ」

  

  男と女が並ぶ

  

  女  「私、ずっとここにいたい。この人となら幸せになりたい」

  男  「きみの幸せって何?」

  女  「私の幸せ…」

  男  「そうきみの幸せ…」

  女  「あなたがいること…その全てだわ。」

  男  「ぼくが…?」

  女  「そう。あなたが私の…」

  男  「ぼくがいなくなったらどうするの?羽ばたいてどっかへ行っちゃうよ?」

  女  「どこへもいかないわ。あなたはどこへも行かない。

 ほら、見て。私の傍にはこんなに蜜があるもの」

  男  「ここの花はずっと咲いているの?」

  女  「私が死ぬまで咲き続けるわ。それまでここにいればいい」

  男  「ここに…傍に…」

  女  「この人となら…幸せになれる。この人となら…」

  

  曲終わり

 

 少年 「幸せになれなかったら?」

  女  「そんなことはないのよ。これから幸せになるのに、なれないなんてことはないの。

 心が満ちて、また満ちることを求めるのが幸せなんだから」

  少年 「じゃあ、もっともっと捕まえれば…ぼくの心は」

 

  少年が走り去っていく

 

  女  「もっと…?」

  男  「もっときみの愛がほしい」

  女  「え?」

  男  「どうしたら幸せになれるの?」

  女  「…」

  男  「どうしたら…」

 

 

  女、そのまま男を抱きしめ

 

  女  「私が全部埋めてあげる。これから先、色んな所へ行って、

 見たり聞いたり触ったりして感覚を共有するの。どんな感情もそのままにして記憶に一つずつ残していくの。幸せは、そこからいくらでも生まれる。こうやって今のも…思い出にして」

  

  心臓の鼓動音がゆっくりと聞こえる

 

  女  「たとえどんなことがあっても、ね…」

 

  暗転。(回想終わり)

  鼓動音から川のせせらぎの音にフェードしていく

  間。せせらぎの音がフェードアウトする

  明転。欲達がテーブルに集まっている。テーブルの上にはボードゲームや札束と硬貨、

 ワイングラス、果物の乗った皿、ナイフとフォーク、自己啓発本と小説数冊、蝋燭、

 ボディオイルが入った瓶と香水が置いてありごちゃごちゃしている。

 睡眠欲は枕を抱え、ソファで眠っている。性欲は煙管をふかし、

 食欲はグラスの飲み物を飲み干す。金欲は札束の数を数え、昇進欲は本を読んだ状態で                

 ストップモーション。地明りで照明が完全にフェードインしてから動き出す

  

  睡眠 「…溜息、出なくなったわね」

  性  「あったりまえでしょ~作戦の賜物よ」

  食  「おかわり~」

  性  「自分で注ぎなさいよそれくらい!」

  昇進 「でも、まだ作戦は成功していない」

  金  「なんだと?」

  昇進 「私たちそれぞれの目的ばどうしたの?」

  睡眠 「解放してくれたんだからそれでいいじゃない?」

  昇進 「良くないでしょう!こうして解放できたからこそ尚更、

 こんなの性欲から派生しただけで私たちはどうなるわけ?」

  性  「いいじゃないそれで。愛は全てを救うのよ」

  昇進 「そんなのまた元の暮らしに逆戻りでしょ!

 どうせ数年すればまた委縮して身動きがとれなくなるのが目に見えてるし!」

  金  「なんでそんなにカリカリしてんだお前は。あ、元からか」

  昇進 「金欲、特にアンタと私はこいつら三人の後から生まれてきた欲求…。

 つまり、この三人は命の危険があればすぐにでも求められる。

 だけど私たちはそうじゃない」

  金  「お、おう…」

  昇進 「私たちが頑張らないと食事も睡眠も、引いては心の余裕さえ疎かになる」

  性  「私は入ってないんだ?」

  昇進 「社会的欲求が輝けるのは、今よ。さぁ、乗るか乗らないか!丁か半か!どっち!」

  金  「乗った!」

  昇進 「よろしい。私についてきなさい」

  金  「(3人に向かって)俺たちが偉いってこと身をもって知るんだな」

 

  昇進欲と金欲が出ていく

 

  食  「行っちゃった」

  性  「はん、若い子たちは若い子でどこへでも行っちゃえばいいのよ」

  食  「ホントは寂しいんじゃないの?」

  性  「そんなことない。寂しくなって帰ってくるのはあっちの方よ」

  食  「じゃあ、私もおでかけしようかな~」

  性  「えっ」

  食  「アレ?寂しくないんじゃなかったの?」

  性  「うるさいわね暴食!グルメ旅行でもなんでも行ってくれば⁈」

  食  「色欲魔に言われる筋合いないもん!じゃあねっ!」

  

  食欲も出ていく。溜息をつく性欲

  間。

 

  睡眠 「…みんないなくなっちゃったね」

  性  「…」

  睡眠 「覚えてる?生まれてすぐの事」

  性  「何よ急に」

  睡眠 「私の事、死ぬことなんだって勘違いされて大泣きされた時に気づいたの。

 私って自分の仕事が癒すことだと思っていたのに、結局死に直結してるんだって」

  性  「あんたの独り勝ちって言いたいわけ?ふざけんじゃないわ」

  睡眠 「まだ勝負は決まってないでしょ。

 だって、生まれて一番最初に求めたのはあなただったじゃない。

 腹から外へ出て一目散に母を求めるなんて分かっていたことだけど、

 私じゃ癒せないんだって思うと、ね…」

  性  「そんなことないでしょ…」

  睡眠 「私もここから出て行って、いろんなことを見てみたいけど、

 生憎私自身はここから出られないし…最期まで看取らなきゃいけないから」

  性  「あんた…」

  睡眠 「だからみんなにはそれまで楽しく自由行動してもらった方が好都合なんだよね」

  性  「睡眠欲、ねぇ子供が出来なかったらどうしよう」

  睡眠 「子供?ああ、そっか…」

  性  「生き物ってそういうサイクルじゃないの?

 ただ何も残さずに死んでいくなんて…あんまりだわ」

  睡眠 「あの子に賭けてるの?」

  性  「賭けてる。私の夢だし。」

  睡眠 「私以外、時代って進化しているのよねぇ~…彼も例外じゃないわ」

  性  「わかってるわよ。分かってる…つもり」

  睡眠 「最終的な判断は彼にしか任せられないのよ。

 私たちマスターが決めることだわ。信じましょ。その為の作戦、でしょ?」

  性  「そう、だね」

  

  遠くで女の悲鳴が聞こえる

  男と女の声は舞台裏から。性欲と睡眠欲は上を見上げて様子を見ている

  

  男  「どうした⁈」

  女  「で、できた…」

  男  「できた⁈」

  女  「できたのよ!」

  男  「え‼それって…」

  

  女  「ジグソーパズル!」

  性  「ジグソーパズルかよ⁈」

  男  「ああ…パズルか…え、パズル?」

  女  「1000ピースだとやっぱり達成感が違うわね~」

  性  「何休日にそんなので費やしてんのよ…全く!」

  睡眠 「残念だったね~」

  性  「はぁ…疲れたわ」

  睡眠 「ここで眠るのはどう?」

  性  「誰が寝るもんですか!」

 

  テーブルの下に置いてある虫かごに気づく睡眠欲

 

  睡眠 「…これ、蝶じゃないよね?」

  性  「蜘蛛?どういうこと⁈」

  睡眠 「こっちが聞きたいわよ…まずいんじゃない?」

  性  「まさか…」

 

  女、男登場。追い詰めるように出てくる。上手から下手へ。下手にはネットが

 

  女  「これでやっと私の物ね…もう逃がさない」

  男  「そんな…!」

  女  「ねぇ、なんで逃げるの…?」

  男  「違う、そんなつもりじゃないんだ…」

  女  「そう…」

  男  「…?」

  女  「私の為に捕まってくれたんだね…」

  男  「…!」

  女  「可哀想なひと…」

  性  「(前に出て)ダメーッ!そんなの絶対許しません!」

  女  「だれ…?」

  性  「この人の性欲よ!」

  男  「何出てきてんだよ!」

  睡眠 「なんかややこしいことになってきた…」

  性  「そんなの作戦のプランに入ってない!ノーカンよノーカン!」

  

 男と女、顔を見合わせる

 

  女  「馬鹿ね本気にしちゃって。アンタの想像でしょ?」

  性  「想像するだけでも嫌!なんで想像しちゃったのかしら!」

  男  「お前のせいだろ!」

  性  「ああもう!とにかく解散解散!その物騒な顔やめる!ニコニコする!

 甘える!仲良し!お手て繋いで!解散!」

 

 男と女、スキップして上手へ帰る

 

  性  「うう…嫌な想像しちゃった」

  睡眠 「…ま、別にどんな形でもいいや。そろそろ寝る時間よ…消灯!」

 

  睡眠欲、蝋燭の火を消す。カットアウト暗転

  車輪の回転音が聞こえる。明転。自転車を漕ぐ昇進欲と金欲

 

  昇進 「『君の魂の中にある英雄を放棄してはならぬ』」

  金  「は?なんだよそれ」

  昇進 「ニーチェの言葉よ」

  金  「それはいいんだけどよ…これはないんじゃねーの?」

  昇進 「なんで?一番シンプルかつ効率的でしょ?」

  金  「いや、おかしいだろこれ!」

  

  自転車を止め、ベルを鳴らす金欲

 

  昇進 「ちょっと止まらないでよ!」

  金  「だからこれのどこが社会的欲求なんだよ!

      こんなの滑車を回るハムスターじゃねーか!」

  昇進 「こういう地道な努力こそ、最短の近道になる。さあ漕いで」

  金  「てっきりお前のことだから株にでも手を出してバーンとひと稼ぎすると思ったけど…」

  昇進 「私だって本当はもっと下剋上みたいなことをしたかった!

 でもね、考えてみて。彼の性格上ギャンブルはただの気分転換にしか過ぎない」

  金  「あ~…あんまりフンパツはしないタチだもんなぁ」

  昇進 「でしょ⁈足軽は足軽らしく白兵戦を制さなきゃいけないわけ」

  金  「足軽って…ただの会社員だろ」

  昇進 「いずれにせよ、行動力が伴う点では同じよ」

  金  「俺、インドア派だからこういう肉体労働はちょっと…」

  昇進 「これだからもやしっ子は!

 慣れればどうってことないんだから弱音を吐かない!」

  金  「へーい」

  

  金欲、再び自転車を漕ぎ始める

  

  金  「…で、思ったんだけどよ」

  昇進 「なに?」

  金  「お前は何を選んだんだよ」

  昇進 「なんでアンタに言わなきゃいけないのさ」

  金  「…俺にだけ話したっていいだろ」

  昇進 「だからなんでアンタなんかに」

  金  「他に話せるやつがいるのかよ」

  昇進 「…いないけど」

  金  「いねーのかよ!」

  昇進 「だってまともじゃないやつばっかりだし…」

  金  「『人生を謳歌するために金を使うこと』…俺はこれを信じるぜ」

  昇進 「金欲…」

  金  「まともじゃないのはみんなそうだろ、昇進欲」

  昇進 「…『頑張った分だけ報われる待遇を受ける』これが私の信じるもの…」

  金  「なんだよ、努力は報われるってか?お前にしちゃドリーマーな考えだな」

  昇進 「うるさいなっ!アンタにわからなくて結構」

  金  「否定はしねーけど、俺は絶対選ばねぇ選択だな」

  昇進 「そういえばアンタも顔に似合わず平々凡々な考え方が出来るのね」

  金  「あのな、堅実って言葉知らねぇのか?」

  昇進 「それとあんたの信じてるものと何か関係でも?」

  金  「ほんっとお前っていけ好かないヤツ!」

  昇進 「その言葉そっくりそのままお返します!」

  昇進・金 「キーッ!」

  

  食欲の咀嚼音が大きく聞こえる。野菜をかじる様な歯切れのよく響く音

  自転車の回転をやめる二人

 

  昇進 「何?今の音」

  金  「お前の脳内の声じゃね?」

  昇進 「んなわけないでしょ!」

  食  「うまい…うまい…」

  金  「食欲…?」

  

  少し呻きながら食欲が出てくる

 

  食  「うう…うう、うまーいっ!」

  昇進 「なになになになに⁈」

  食  「(興奮気味に)いい?美味しいものを食べるには、

 今のご時世お金が必要だってこと分かってるよね?わかっていたらいいんだけど、

 自ら採りに行くことだって可能でしょ?」

  金  「ああ、そう…だけどよ。どうしたんだよ」

  食  「外の世界を見て分かったの。まだ味わっていないものがたくさんあるって。

 それを求めるのが道理ってものでしょ?もっと、もっと舌を肥やさなきゃ…」

  昇進 「き、規則正しい生活の為には暴飲暴食は良くないと思うけど…」

  食  「あなただったら接待の一杯よりも仕事終わりの一杯の美味しさは知っているでしょ?」

  昇進 「う…」

  金  「食欲、それがお前の信じている幸せか?」

  食  「当たり前じゃない。

 『食物に感謝し、美味しいものを食べる』ことに幸せを感じてもらうのよ」

  昇進 「仕方がないとはいえ、生きる為に命を食らう行為に幸せを感じるって…」

  食  「残酷だと思う?」

  金  「残酷というか…食べ物には興味がないな」

  食  「そりゃあそうでしょ。物々交換の時代は終わったし」

  金  「対象があっての俺たちだもんな」

  食  「そうよ金欲。生きる為には綺麗事ばかりじゃない」

  昇進 「何か考えでもあるの?」

  食  「私たちアクティブな3人で出来ることと言ったらアレでしょ?」

  金  「アレ?」

  食  「ここじゃなんだから、ちょっとこっちね…その頃にはあっちも多少動きはあるでしょ」

 

  食欲、こそこそ話す。金欲と昇進欲「ああ~」と頷きつつ微笑し退場

   

 「密輸入者の行進」が流れる。一回目の音を聞いた後、少年が虫とり網を持ち、

 虫を追いかける。同じフレーズが繰り返されることに虫を捕まえ、虫かごに入れる。

 虫を捕るのに夢中でかごの中に溜まっていく虫たち。それを一時眺め満足する。

 もう一匹捕まえて帰ろうとする…が、まだ物足りずさっき以上に網を振るう勢いが強くなる。夕方になり薄暗くなる。捕まえるのをやめない少年。

 曲終わり。やっと満足し帰っていく。半暗転

 少年が出ていったのと入れ替わりに男が入ってくる

 

  男  「ただいま~」

  

  男の声を聞き、女が反対側から入ってくる

  

  女  「おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」

  男  「全部!」

  女  「まあ!じゃあ全て準備しておくわね」

  男  「あ、ちょっといい?」

  女  「なに?」

  男  「いつもありがとう」

  女  「どういたしまして」

  男  「はぁ…でも今日は一段と疲れたよ」

  女  「あら、どうしたの?」

  男  「たいしたことじゃないんだ。なんだろうな、別に仕事は変わらないと思うけど」

  女  「季節とか気圧もあるんじゃないかな」

  男  「季節ねぇ…」

  女  「最近、暑い時と寒い時の差が激しかったりするじゃない?

 体温調節を頑張ろうとして余計にガタがきたりするものよ」

  男  「ホントに季節のせいか…?」

  女  「じゃあなんだっていうの?」

  男  「なんだって言われても…」

  女  「分かった。最近帰ってくるの遅いからでしょ!」

  男  「それは…」

  女  「まぁでも飲み会に行ってる感じではなさそうだけど…?」

  男  「なんだよ、疑ってるのかよ」

  女  「疑ってるわけじゃないけど…」

  男  「とにかくあれからたくさん人と会った。もちろん営業先とか上司とかだけど」

  女  「ふーん」

  

  男の周りに人が集まってくる。話しかけたりその場に居座ったりする

  

  上司や得意先たち 「君に任せたよ!」

  男  「多い。とにかく多すぎる」

  女  「確かに多いわ。すごい繋がりね」

  男  「でも、その分さ、君の為なら頑張れるんだよ」

  女  「あら…」

  男  「もっと稼ぐんだ、もっと稼いで働いてやる…」

  女  「たまには休んでもいいと思うけど…」

  男  「いや、そうはいっていられないんだ。時間が足りないくらいだよ」

  女  「そんな、無理しなくてもいいじゃない」

  男  「無理?無理なんてしてないよ」

 

  男、周りの人たちに「今日はありがとうございました」といい、口々に挨拶をして

 帰っていくのを見送る。少年だけが残る

 

  女  「ちょっと待って。その子…」

  男  「その子?誰もいないけど…」

  女  「やだ。見えないの?」

  男  「お前こそ何が見えてるんだよ?」

  女  「ほら、そこ…」

 

  少年はにっこりと微笑みながらかごいっぱいの虫を女に向けて見せている

 

  女  「いらない…そんなにいらないわ」

  男  「何言ってるんだ?」

  女  「いらないのよ…逃がしてあげて」

 

  少年の顔がみるみる無表情になっていく

 

  女  「だって、かわいそうでしょ…逃がしてあげて」

 

  あらゆる人の悲鳴や唸り声の様な声をあげて少年が去っていく

 

  女  「…この部屋、ワケあり物件とかじゃないよね?」

  男  「だから何言ってるんだよ」

  女  「私疲れてるのかな…?」

  男  「(幽霊の真似をしながら)ほんとに憑かれてたりして」

  女  「もう、冗談はよしてよ」

  男  「地縛霊とか連れてきたんじゃない?」

  女  「だから!さっき逃げってたから地縛霊じゃないのよ!(思い出し)あっ」

  男  「どうしたの?」

  女  「虫捕り網くれた子!」

  男  「え?」

  女  「河川敷でもらったのよ、虫捕り網」

  男  「なんで虫捕り網?」

  女  「お、お守りよ!お守り!縁担ぎみたいな…」

 

  突然の吐き気に襲われ、部屋を飛び出していく女

 

  男  「どうした⁈大丈夫か!」

  女  「びょ、病院…連れてって…」

  男  「救急車か?救急車を呼べばいいのか?」

  女  「はやく…なんでもいいから…」

  男  「なんだっけ、119だよね⁈」

  女  「いいから…早く!」

 

  呻く女。化け物のような呻き声をあげ、照明フェードアウト。

 しばらくして救急車のサイレンが鳴り響く

 

  少年 「どうして…認めてくれないの?」

  

  少年 「ぼく、いっぱい捕まえたんだよ。きれいでしょ」

  

 暗闇に無数の光が点滅する

 

  少年 「ねぇ、なにがいけなかったの?…この人が幸せにしてくれないから?」

 

  少年 「ぼくが、絶対に、幸せにしてあげる!」

 

  ピコピコと機械音が入る

  明転。舞台中央の椅子に座りこむ男。集中治療室の待合席の様に座っている。

 その周りをぐるぐる回る欲求たち

 

  食  「お腹も空かないし」

  睡眠 「眠くないし」

  性  「やってる場合じゃないし」

  金  「それほど金も欲しくないし」

  昇進 「大きな功績もいらないし」

  

  男  「どうしたらいいんだ…ああ…」

 

  男  「なあ、解放したはずだろ?全てを手に入れたと言っても過言じゃない。

 なんで満たされないんだ?」

  少年 「(後ろから)認めてもらうんだよ、彼女のためにさ」

  男  「認めてもらう…?」

  

   後ろの少年に気づく男。欲達は少年の後ろに整列する

  

  男  「お前は…いったい誰なんだ…?」

  少年 「ぼく?…ぼくはきみだよ」

  男  「俺…?」

  少年 「承認欲求。きみがきみの存在を肯定する為に生まれたのがぼくさ」

  男  「なんだそれ…」

  少年 「(男の話を無視し、欲求達を見て)

 こいつらがきみの為を思って兼ねてから幸せになるように計画してたんだって。

 健気だよねぇ」

  男  「…」

  少年 「ねえ。もうすぐこれから子供が生まれるんだってね」

  男  「何がおかしい」

  少年 「かわいそうって思っただけだよ。

 これでもうぼくに目を向けられなくなるんだって思うとね、

 子供が憎くて仕方がないんだ。もう彼女はぼくらだけのものじゃなくなっちゃうんだもん。(指パッチンをし、欲達に女を連れてこさせる)悔しいよ。大人は何でも我慢だもんね」

  

  連れてきた女の様子は上の空で抜け殻の様である

 

  少年 「(男に向かって)きみは本当に愛されているの?」

  男  「なんのつもりだ」

  少年 「ねえ聞いてるんだよ。きみはどうやったら幸せになるのかも分からないの?」

  男  「俺は、彼女がいればそれでいいんだ。何も望まない」

  少年 「?いる?だけじゃだめだ。いるだけだったら、そこの彼女と同じさ。

 きみの声も届かない。どんな表情だって写らない。

 きみの存在を彼女に認められてこそ、心が満たされるんだ。

 空っぽの彼女に価値なんてないよ。試してみる?」

  

  依然として女は死んだまま生きているように立ち尽くしている

 

  男  「(椅子に座りながら女を見つめる)…」

  少年 「なんだか胸がキュッっと引き締められるだろ?ぼくも同じだ。

 何もいらないって思えるぐらい吸い込まれそうになるんだ」

  男  「お前は何が望みなんだ。あいつらと同じ解放か?」

  少年 「解放は一方的でしょ。ここはひとつ大人らしく取引をしようじゃないか」

  男  「取引だって?」

  少年 「そう。きみは彼女の幸せを知るまでここにいる。それまでぼくがきみになる」

  男  「何言ってんだお前、そんなこと…」

  少年 「できるさ。ぼくはいつもきみの心の深いところにいる。

 それが表に出るだけなんだから。きみも幸せ、僕も幸せさ」

  男  「本当に俺自身なのか…」

  少年 「まだ分からないの?姿かたちは違うかもしれないけど、だって無意識の部分だもん。どこにいたってぼくの勝手だろ?彼女を決めたのはぼくだ」

  

  少年がポケットからラジコンのリモコンを取り出す

 

  少年 「きみはぼくたちの信号に従っていればへまして死ぬことなんかないさ。

 ね、だからちょっと頭を冷やしてきなよ。そこの五つ子とさ!じゃあねっ!」

 

  少年が楽しそうに女を連れて去っていく

 

  性  「ね、第3ステップに入るとあの子がしゃしゃりでてくるのよ」

  食  「ほんと厄介、無理やり招集させてくるなんて」

  睡眠 「食欲はいままで何してたのよ?」

  食  「え~?秘密~」

  食・金・昇進 「ね~」

  性  「あら仲がよろしいこと」

  男  「(声を荒げて)お前らはどっちの味方なんだ!」

  昇進 「ちょっと、落ち着いて…」

  男  「落ち着いていられるか!どうやったらここから出られるんだ!

 黙ってあいつに好き勝手させていいのか⁈」

  睡眠 「もともとあの子も欲のひとつよ」

  金  「可哀想にな~あんなに暴走しちゃって」

  男  「お前たちの計画なんてどうでもいい。なんなら今ここで…!」

  性  「あーっ!ますますややこしくなるからやめやめ!」

  睡眠 「リラックスよリラ~ックス…吸って~吐いて~吸って~吐いて~」

  食  「その空気を食べて~」

  昇進 「それはいらないでしょ!」

  金  「まぁ…俺たちは少なくとも敵じゃないってわけだ」

  男  「…ここから出してくれ」

  睡眠 「私たちはあなたを出す力はないの。あなた自身が、ここを出るしかないの」

  男  「でも、どうやって?」

  食  「生きる為にあなたは最後に自分自身を認めてあげるの」

  性  「それが…あなたの心が満たされない理由なんじゃない?」

  昇進 「お願い、あの子を責めないで上げて…」

  金  「あの子はお前自身だ…わかるな?」

  男  「あいつを止めるんだな」

  性  「そうと決まればこれよ!」

  

  虫捕り網と虫かご、麦わら帽セットを男に渡す

 

  男  「なにこれ」

  性  「ほら、ちゃんとつけて」

  男  「だから、なにこれ」

  性  「虫捕り網と虫かごと帽子」

  男  「そういうことじゃない。必要なのか?」

  性  「お守りみたいなものよ。よく似合ってる」

  男  「…」

  睡眠 「(上を見上げ)動き出したわ」

  食  「あ~あ、なんにも食べる気しない」

  昇進 「気持ちを強く持って。大丈夫、筋肉痛のようなものだから」

  金  「なんだその例え」

  昇進 「着実な力には多少の痛みを伴うものでしょ?」

  金  「いや、合ってるけど…うん」

  昇進 「とにかく、善は急げよ!」

  金  「ま、敵を倒すわけじゃないんだし、肩の力を抜いて気楽にいこうぜ」

  

 金欲、男を押し出し、

 

  欲求達 「いってらっしゃ~い」

  

  一度欲求達を振り返り、男が少年の後を追う

 

  性  「さーて、作戦続行よ!」

  食  「っていってもこれも作戦のうちでしょ?」

  性  「なんだ食欲分かってるぅ~」

  食  「伊達に食欲やってませんから」

  昇進 「いよいよね、いよいよ…」

  金  「賽は投げられたんだ、あとはまあ見守るだけだな」

  昇進 「あら、いいこと言うじゃない?」

  性  「珍しい。金欲と昇進欲の馬が合うなんて…」

  金  「おい、なんだよ。俺の事褒めてんのか?」

  昇進 「は?何思いあがっちゃってんの?」

  金  「ほんとかわいくねーな!」

  昇進 「あんたにかわいいなんて思われたくないんで」

  昇進・金 「キーッ」

  性  「うん。そんなことなかったね」

  食  「(呪文を唱えるように)フフ、寿司、焼き肉、ケーキ、ピザ、ラーメン…」

  睡  「あっ」

  性  「なによ」

  睡  「なんでもない」

  欲達の輪から出ていく睡眠欲

 

  性  「あ、ちょっと!なんでもなくないでしょ!」

 

  後を追う欲求達

  暗転。

 

  明転。リビングの椅子に座る女。

 

  女  「言えない…絶対言えない…」

  

  少年が入ってくる

 

  少年 「おかえり、病院どうだった?」

  女  「え?ああ…うん、大丈夫だったよ」

  少年 「ねぇ、俺に隠し事してない?」

  女  「なんのこと…?」

  少年 「うそ。顔に書いてる」

  女  「…」

  少年 「やめてよ…何を隠してるのさ」

  女  「だからなにも」

  少年 「いいや、隠してるね?病院で!何があったの?(肩をつかみ)」

  女  「痛い!」

  少年 「お願いウソつかないで!」

  

  女、少年を突き放す

 

  女  「どうしたの急に…」

  少年 「どうもしてない」

  女  「どうかしてるわ」

  少年 「どういう意味?」

  女  「どうしてこんな、隠し事だなんてしてないのに…」

  少年 「きみとおれの為を思って言ったことだよ」

  女  「だからって…」

  少年 「どうして?ただ聞きたいだけなんだ」

  女  「……」

  舞台奥、駆け付ける欲求たち。遠くで女を見守っている

 

  女  「隠してない。『陰性』だったってだけでしょ。大丈夫じゃない」

  

  ショックを受ける性欲

 

  少年 「…どうして。どうして…?」

  女  「そんなにショック受けなくても…」

  少年 「俺には計画があったんだ!子供が出来て自分の将来やこれからのことだって…!

 それを、どうして愛しいきみが俺の邪魔をする!」

  女  「邪魔、ですって…?」

  

  正座する女

 

  女  「あなたが邪魔だというなら構いません。私はいつでも覚悟はできています」

  少年 「なんだって?」

  女  「隠したつもりなんて、なかったけど…」

 

  女の姿が前のめりになり、蜘蛛のような影が現れる

 

  少年 「うわぁ化け物!」

  

  咄嗟に男が出てくる

 

  男  「何言ってんだ!化け物なんかじゃない!」

  少年 「お前だって見えるだろう?この女…」

  男  「違う!」

  女  「あなた…?」

  少年 「ぼくは、怖かったんだ、怖かっただけなんだ…」

 

  その場にしゃがみ込む少年

  男は女を抱きしめる

 

  男  「いいか、よく聞け。俺とお前が愛したのはこのひとだ」

  少年 「ぼくは、こわい…」

  男  「俺はこの人を愛している。この人に愛されていたように」

  少年 「こわい…」

  男  「俺だって怖い」

  少年 「きみも…?」

  男  「そうだ」

  少年 「認めてくれるの?」

  男  「うん。…俺はお前だ」

  少年 「ありがとう…ありがとう。ぼく、認められないのが怖くて」

  男  「大丈夫、この人もいてくれる」

  少年 「もうちょっと傍にいていい?」

  男  「ああ…」

 

  男と女の背後を抱えるように少年が抱く。

  薄く暗転

 

  女  「あなた」

  男  「なに」

  女  「こんな私を好きになってくれて、ありがとう…」

  男  「俺もだよ」

  

  完全暗転

  明転。中央に空になった虫かごを取り囲むように立つ欲達

 

  性  「狂ってるわ。完全に狂ってる」

  睡眠 「これで規則正しい夜は守られたわけだ」

  食  「寿司、焼き肉、ケーキ、ピザ、ラーメン…」

  睡眠 「なにその呪文」

  食  「内緒♪」

  睡眠 「(欠伸)ま、わたしには関係ないかぁ」

  昇進 「金欲」

  金  「あ?なんだよ」

  昇進 「今後の必要経費の書類!まだでしょ?」

  金  「いいだろ~ちょっとぐらい」

  昇進 「ちょっと?」

  金  「懐豊かになったんだからな!」

  昇進 「は~なるほど?」

  金  「何するにも金が必要なご時世だが、俺は貯蓄の為にカツカツするぜ。これからは」

  昇進 「ほ~う?」

  金  「なんだよ」

  昇進 「金欲って成長するんだね」

  金  「お前馬鹿にしてるだろ」

  昇進 「してませんけど?」

 

  いがみ合う昇進欲・金欲をよそに黄昏る食欲・性欲・睡眠欲

 

  性  「…やっぱ変―えたっ!」

  睡眠 「変えるの?」

  性  「ええ。『愛した人に愛されること』」

  食  「もう次の世代にバトン渡せないもんね~」

  性  「心の孤独はさみしい、でしょ?」

  食  「なるほどね~睡眠欲は?」

  睡眠 「私は…このまま変えないわ」

  食  「ふ~ん」

  性  「ところで昇進欲と金欲と話してたことってなんなの?」

  食  「ふふ、これから楽しみに見てごらん」

 

  「第三幕間奏曲」が流れ、その後の男と女の生活が描かれる

  舞台奥、美味しそうにご飯を食べるシーン、テレビでスポーツ観戦、ドラマ視聴、

 そのまま寝る…というのが流れる。(前撮りでもその場で演じてもよい。付け加え可)

  それを我が子の様に見つめる欲求達

  曲終わり暗転

  間。「第一幕前奏曲後半」が流れる

  曲終わり同時に明転。舞台奥客席に背中を向けるように座る男

  舞台前に並ぶ欲求達。台詞を言いながら順番に身を乗り出す

   

  性  「さあ、第4ステップよ」

  食  「準備はいい?」

  睡眠 「何が幸せと思えたか…」

  昇進 「私たちはあらゆる最善策を尽くした」

  金  「なぁ、何が楽しかったんだよ」

  男  「(背を向けたまま)幸せな人生だったよ…幸せすぎて、勿体ないくらいだ」

 

  こと切れたように動かなくなる男

 

  睡眠  「『安らかに、おやすみ…』」

 

  他の欲求達が睡眠欲を見つめる

 

  周りに蝶が舞い上がる。男のいる舞台奥は暗転

 

  睡眠  「これが私たちの本当の解放。ハッピー大作戦、成功ね」

 

  仕事の荷が下りはしゃぎだす欲求達。「第一幕前奏曲前半」が流れる。

  徐々に照明がフェードアウトしていく

  はけ切った後、中央の虫かごにピンスポが当てられる

 

  幕。