砂の民

 #シリアス #ボイスドラマ向け #会話劇

#30分



【あらすじ】 

 芸大に通う二年生、佐野は昔見ていたサンドアニメーションをふと思い出し、創作意欲が掻き立てられ大学近くの公園の砂場に足を運ぶようになる。子供と混ざり砂遊びをする青年。その異様な光景に声をかけたのはイサコという少女だった。

 この二人の出会いが、夢と現実を行き来し、それぞれの破滅に立ち向かうことになる。

 【登場人物】

 佐野    

男性。職人気質で本当に自分が創りたいものを模索している。


 イサコ   

少女。幼いころから病気がちで入退院を繰り返す。

 

 イサコの母 

娘の病気が治らないことを知っていて負い目を感じている母。 


 医師    

イサコの主治医。

イサコが小さい頃から診ている。

 

 石原チカ  

佐野の同級生。大学を卒業してからは彼女兼佐野のマネージャーをしている


 鳥羽    

佐野の同級生。

卒業後はデザイン会社に就職。

 黒木    

佐野の同級生。卒業後は美術の教職員をしている。

 松井    

日本美術館連合会長。元教師で昔、佐野に美術を教えていた。

 

 雑誌編集者

 リポーター

 スタッフ

 記者

 【本文】

 

 雑誌編集者  「夢では、現実であったことのない、しかしはっきりと覚えている人という者がいる。その人への記憶と思いが強ければ強いほど、夢に色濃く存在するのだ。しかし、夢での出来事は夢であり、現実で重く受け止めてはいけないのである」

 

 

  時刻は昼二時。公園の砂場にしゃがみこみ、作業に没頭する佐野。その背中から声がした。

 

 イサコ  「おにーさんはここで何をしてるの?」

 

 イサコ  「ねぇってば!」

 佐野   「…なんだって?」

 イサコ  「何してるのって聞いてるの!」

 佐野   「何って…砂の城を作ってるんだよ。見ればわかるだろ」

 イサコ  「わかるけど、遊んでいるようには見えなかったから」

 佐野   「きみ…なかなか分かってるね」

 イサコ   「でもこんな場所で仕事もしないでお城を作っていたら、よっぽどの事でしょ」

 佐野   「仕事って…俺はまだ学生」

 

  佐野、後ろを振り返る

 

 佐野   「君だってこの時間は学校だろ?」

 イサコ  「学校?ああ…」

 佐野   「なんだ不登校か」

 イサコ  「違うよ。行きたくないんじゃなくて、行けないだけ」

 佐野   「ふーん。わけアリね」

 イサコ  「そう、強いて言うなら、砂だから」

 佐野   「砂?」

 イサコ  「そういうこと」

 佐野   「で?君は暇なの?」

 イサコ  「そうよ。だからあなたに声をかけてみたの」

 佐野   「じゃあ、俺は制作に忙しいから」

 イサコ  「その砂遊びが?」

 佐野   「遊びじゃない、芸術だ!」

 イサコ  「おにーさん、子供たちが引いてるよ…」

 佐野   「お前なんかには分からないかもしれないけど、これは俺にとっての芸術なんだ」

 イサコ  「その砂が?」

 佐野   「そうだよ。サンドアート。この手触り感、短時間で完成させないと自然によって崩れてしまう脆さ。この一瞬に懸ける完璧さが堪らない。…昔見た砂のアニメがそうだった。俺はこの砂に魅力を一番感じている」

 イサコ  「…作り終わったら?」

 佐野   「え?」

 イサコ  「作り終わったら、お城、壊すの?」

 佐野   「まあ、公共の場でやってるわけだし」

 イサコ  「誰かに見せたりとか、しないの?」

 佐野   「見せたいさ。俺が納得出来るものを作り上げたら」

 イサコ  「じゃあ。出来たら私に見せてよ。私いつでも待ってるから。ねぇそろそろ病院に戻らなくちゃいけないの。だから、名前だけ教えて?」

 佐野   「佐野だけど」

 イサコ  「わかった。さのさん、ね。またね、さのさん!」

 

  かけていくイサコ

 

 佐野   「…なんだったんだ」

 

 *

 

 公園近くの大学病院。夕方。医院長室に座る二人

 

 イサコの母 「先生…イサコの、娘の為に何かしてあげられることはないでしょうか。私、今の自分がこのままでいいか心配なんです」

 医師    「お母さん、娘さんにできることはあなたが思う母親になること。それだけですよ。我々が与えるどんな薬や、命を繋ぎ止めるための処置よりも大切なことです。こうしてまた1年、よく持ったんですよ。彼女は」

 イサコの母 「それでも、彼女の不安を拭い去ることができるのでしょうか、あの子には一生この病気が付きまとうんです。」

 医師    「あなたが悲観的になってはいけません。私の前だけにしてくださいね。それとも…何かもっと不安なことを気にしているのではありませんか?」

 イサコの母 「相談する事かどうか、少し迷いますが…」

 医師    「当たり障りない具合でいいので、話してみてください」

 

 イサコの母 「夢…」

 医師    「夢?」

 イサコの母 「イサコがうわ言でこう言っているんです。『さのさん、さのさん』って…私は誰だかは見当がつかないのですが、あの子はただ夢の中の人だから気にしないで、と」

 医師    「それにしても鮮明な夢を見ていますね」

 イサコの母 「ええ。それで私も気になって、イサコにその夢の話をしてもらったんです。『ここの近くの公園で砂遊びしてる大学生。(イサコかぶせ)でもその人 アートだって言い張るの。おかしいでしょ?物を作るのが好きで、その中でも砂が好きなんだって。なんか変わってる。子供っぽくて、でも何か考えてた…私、さのさんの力になりたい』(かぶせ終わり)って」

 医師    「そうですか…私からもひとつ」

 イサコの母 「何かあったんですか?」

 医師    「担当の看護師が毎朝様子を見に伺うのですが、具合を尋ねると『私、砂なんです』って返すそうで…もしかしたら、夢と何か関係があるかもしれないですね」

 イサコの母 「そう、ですね」

 医師    「そんなに思い詰めないでください。夢見が悪かったんでしょう。また何かあったら話してくださいね」

 イサコの母 「わかりました。ありがとうございます」

 

 *

 

 都内某所。昼過ぎの喫茶店

 

 雑誌編集者 「本日はお忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます」

 佐野    「いえいえ」

 雑誌編集者 「では、早速佐野さんについて質問しますね」

 佐野    「あ、はい(コーヒーをすすり)どうぞ」

 雑誌編集者 「先日のサンドアート展、かなり好評でしたね」

 佐野    「ええ、おかげさまで」

 雑誌編集者 「サンドアートの芸術家といえば、ヨーロッパを始め海外の方が知名度は高いと思いますが、その点についてどうですか?」

 佐野    「私にとって砂はずっとブームでしたね」

 雑誌編集者 「なるほど。佐野さんの斬新なサンドアートが日本に新たなブームを巻き起こす火種になる、と」

 佐野    「そこまでは意識してません。僕はただ、自分が満足するものを作るだけです。誰に何を言われようが、自分が作ったものに自分が一番信頼しなきゃいけないんです。私の志は自分の作品に完璧な自信を持つことです」

 雑誌編集者 「(メモをとりながら)すごいですね。その年で熱いコメントを残してくれるなんて」

 佐野    「モノづくりに年齢なんて関係ありません」

 雑誌編集者 「そうですよね。では、佐野さんにとってサンドアートの原点、とは?」

 佐野    「原点、ですか。昔、日本で放送された砂のアニメがありまして、当時幼かった僕は自分がいじっていた砂があんなにも躍動的に動くなんて思いもしなかったんです。それから段々と砂に興味が湧いてきて…大学時代にくすぶっていた時にも公園の砂場に助けられました。こうやって子供の心に戻り砂に触れることで、僕自身のアートスタイルに欠かせなくなったんです」

 

 *

 

 10月。金曜の20時頃。居酒屋

 

 鳥羽・黒木・石原「佐野くん、芸術選奨新人賞受賞おめでとう!」

 

 乾杯のグラスの音

 

 佐野   「どうも」

 鳥羽   「なんだよ佐野。もっと喜んでもいいんじゃないの?」

 黒木   「よせよ、鳥羽。佐野は昔からこんなんだろ?」

 佐野   「うるさい」

 

 笑う四人

 

 石原   「でもさぁ、まさか佐野くんがこんなに凄くなるなんて思わなかったよ。ほんと

 学生時代はぽやーっとしてたのに」

 鳥羽   「だよな。知らない間に俺たちを超えちゃったな~」

 黒木   「休みに四人で京都旅行した時も砂利とか石庭眺めてたのが、これだもんな」

 佐野   「…」

 黒木   「おい、照れてんのかよ。どうしたんだ」

 佐野   「いや、なんで鳥羽が泣いてるんだろうって」

 石原   「鳥羽くん?!」

 鳥羽   「う、うるせー!佐野の為に泣いてんじゃねぇよ!煙が目に入っただけ!」

 黒木   「ほんとかよ?飛ばして飲むから酔いが回ったんじゃねぇの?」

 鳥羽   「違う!嬉しくて、目から、汗が」

 黒木   「酔ってる!」

 佐野   「酔ってるな」

 石原   「鳥羽くん、水もらおうか…?」

 鳥羽   「いらない。佐野」

 佐野   「なんだよ」

 鳥羽   「ハグしろ」

 佐野   「は?」

 鳥羽   「友達だろ!1回だけ」

 黒木   「あ、始まった…」

 鳥羽   「(佐野を抱きながら)わー!佐野よくやった!お前と友達でよかった!」

 佐野   「おいよせよ!店のなかだぞ!」

 黒木   「京都で呑んだ時とは全然違うな」

 石原   「そうね」

 佐野   「二人とも見てないでなんとかしてくれ!」

 黒木   「だってよ石原」

 石原   「え~面白いからこのままでいいんじゃない?わざわざ個室の部屋とったんだ     

       し」

 黒木   「だな」

 

 鳥羽   「佐野。俺から見たらお前は羨ましいんだよ。自分のやりたいことで昇り詰めることができなかったからさ。だから、俺の分まで頑張ってくれよな」

 黒木   「うわ、責任重大だな」

 石原   「鳥羽くんね、デザイン会社に就職したの。でもさ、自分のやり方と上の方針が合わなくなってきて…でも稼がないと生活出来ないし、辞めるわけにもいかないでしょ?尚更よ」

 黒木   「そっか…俺はまだ美術の教職員だから、どっちかっていうと自分のやりたいことはやれる側…かな。人に教えるのは大変だけど、教え子で佐野みたいなやつが俺の想像を超える作品を作っていくんだと思うと、ね」

 石原   「そうね、みんな誰かに夢を与えている」

 黒木   「石原?」

 石原   「ごめん、空気壊しちゃった。さて、もう一杯呑もうかな?」

 鳥羽   「石原さんが呑むなら、俺も!」

 黒木・佐野「お前はやめとけ!」

 

 *

 

 公園近くの大学病院の病室。15時。窓の外の公園を眺めるイサコ

 

 イサコの母 「あの公園が気になるの?」

 イサコ   「ママが私の見た夢を信じるなら、話すよ」

 イサコの母 「信じてるわ。あなたは素直な子よ」

 イサコ   「ふーん。じゃあ、ママはさのさんに会えると思う?」

 イサコの母 「会えるわ…必ず。あなたがそう思えば」

 イサコ   「そうね…でも、この約束を覚えていればいいんだけど」

 イサコの母 「また会うって約束したの?」

 イサコ   「そうよ。夢の中の彼、まだ迷っているみたいだから」

 イサコの母 「でも夢じゃなくて起きているときに会ったことはないの?」

 イサコ   「ううん…あたしが一方的に会いに行ってるようなもんだし」

 イサコの母 「不思議ね…」

 イサコ   「でしょ?何か他人事とは思えないの…」

 イサコの母 「…」

 

 *

 

 とある番組の夕方ニュース。授賞式終わりにて。

 

 リポーター  「日本芸術大祭最優秀アーティスト賞・美術部門受賞おめでとうございます」

 佐野     「ありがとうございます」

 リポーター  「率直に今のお気持ちはどうでしょう?」

 佐野     「私の作品を評価していただいて恐縮です」

 リポーター  「今回受賞のキッカケになった作品、『砂の民』ですが、何というか見る人によっては考えさ

 せられ、なんともインパクトのある仕上がりです。まさにスタイリッシュなサンドアートの

 先駆け!」

 佐野     「一見何の変哲もないモニュメントのように見えますが(照明を消し、作品内部を点灯させる)」

 リポーター  「わあっ!人の形に!…これは、女の子でしょうか?」

 佐野     「そうです。この砂一つ一つは本来『石』であり、『岩』でした。しかし長い年月、風化によって削り取られ、集合体でしか認識させてもらえません。人もまた、組織や団体…大きな世間によって括り付けられた場合、個性というのは潰えてしまいます。我々は存在証明の為に相手とコミュニケーションをし、社会に属し、己自身を周知しなければならない。交流、といってもいいですね。しかし彼女はそれすら叶わなかった。自らの体が砂であるゆえに、人間として認めてもらえず、人の形をした砂でしかない」

 リポーター  「なんだか…可哀想ですね」

 佐野     「そうでしょうか、僕はそれでも形を残したことこそ、彼女がいた証明であり、功績でもあるのだと思います。彼女なりの精一杯が体の節々に表れている…だから、可哀想。と思うより応援してあげたいのです。…僕の観点からではありますが、どう捉えるかは見た人の自由ですし」

 リポーター  「いや、製作者の佐野さんが言うなら納得がいきますよ」

 佐野     「そうですね。画面越しで見るより、直接見に来てくださると、より感じてもらえるのではないかと思います」

 リポーター  「ですね。百聞は一見に如かず!そして、中継でスタジオにいる日本美術館連合会会長の松井さんから、メッセージをいただきたいと思います。松井さーん!佐野さんに向けてメッセージをお願いします」

 松井     「いやぁ、佐野くん。聞こえるかい?松井です。とにかく受賞おめでとう。思えば私が君のデッサンの授業を持ったとき、君は教室の片隅で泥団子を熱心に作っていたのを覚えているよ。昔から君は集中力が凄まじくて、普段の佐野くんからは想像がつかないほど熱心に作品と向き合っていたね。君が僕の生徒だったこと、誇りに思うよ。これからもどんどん自分の才能を発揮して欲しい。先生は見守っているよ」

 リポーター  「佐野さん、恩師からのメッセージ、いかがだったでしょうか?」

 佐野     「とてもありがたいお言葉をいただきました。今後の作品作りにおいて、この言葉を胸に次なる製作へ励んでいきたいです」

 

 *

 

 11月。美術館の講演会終了後の控室

 

 スタッフ   「佐野さん、直接お会いしたい方がいらっしゃいます」

 佐野     「関係者の方ですか?」

 スタッフ   「いえ…親族の方がどうしてもお会いしたいと」

 佐野     「まあいいでしょう。通してください」

 

 扉が開く。イサコの母がよそよそしく入ってくる

 

 佐野     「ええと。どちら様でしょうか」

 イサコの母  「すみません、わたくし玉川という者です。」

 佐野     「熱心な方ですね。親戚と偽ってまで…」

 イサコの母  「そのことに関しては謝ります」

 佐野     「いや、謝られても…こうして入ってきちゃったわけだし。で、サインでしょうか?それとも仕事の依頼でしょうか?」

 イサコの母  「いえ、その…どちらでもなくて。佐野さんにお聞きしたいことがあって来ました」

 佐野     「なんですかね」

 イサコの母  「私の娘が、今意識不明の重体なんです。前々から体が弱くて、それでもどうにか入退院を繰り返していて…」

 佐野     「その娘さんの為に作品を作ってほしい、と」

 イサコの母  「いえ。娘もそれを望みそうですが…」

 佐野     「僕も時間が限られてるんで手短にお願いします」

 イサコの母  「…娘の夢にあなたが出てくるんです」

 佐野     「僕が?」

 イサコの母  「あの子があなたの事を話してくれるんです。まるでちゃんと会って話したかのように」

 佐野     「…それ、僕のファンだからテレビや雑誌で見て、それが夢に出たのでは?」

 イサコの母  「いいえ。娘の病室には医療器具の関係でテレビは置いてないし、美術関係の雑誌は病院に置いてないんです」

 佐野     「ああ、そう、ですか…玉川さん、娘さんのお名前は」

 イサコの母  「イサコ、と言います(写真を取り出す)」

 佐野     「…いえ、失礼ですがご存じないですね」

 イサコの母  「そうですか。イサコはよく、自分が砂だ。と言っていました」

 佐野     「自分が、砂…」

 イサコの母  「それで、夢で大学生のあなたと公園の砂場で会い、迷っているあなたを助けたい。でも自分が砂だからどうすることもできないかもしれない。それでも、また会うって約束した。って言ったんです。私、どうしても娘の力になりたくて…もしかしたら、あなたがイサコの言っていた佐野さんかもしれないと思って…」

 佐野     「…夢の中では、僕が約束した本人かもしれませんが、残念ながら現実で彼女にお会いしたことはありません。でも、なかなか興味深いです。何かあったらまた連絡をください」

 イサコの母  「わかりました。それでは、失礼します」

 

 イサコの母、去る

 

 佐野     「それにしても不思議だ。会ったこともないのに、夢で会ってそれがかなり鮮明な記憶に残っているなんて」

 

 控室に石原が入る

 

 石原     「どうしたの、佐野くん。神妙な顔しちゃって」

 佐野     「ああ、チカか」

 石原     「ちょっと!仕事中は名前で呼び合わないって言ったの佐野くんでしょ?…さっき出ていったの本当に親戚の方?」

 佐野     「え?あ、ああ…玉川さんって人。その人の娘が夢の中で俺に会ったんだって。で、砂だなんだって言ってたのを手掛かりにここまで来たみたい」

 石原     「へぇ。不思議なこともあるのね。佐野くんはその子と会ったことはあるの?」

 佐野     「それがまったく。名前はイサコっていうんだけど、その子が大学時代の俺と公園の砂場で会って、なにか迷ってる俺の事を助けたいって言ったそうで」

 石原     「うーん、佐野くんの将来の暗示?」

 佐野     「だったら怖いけど」

 石原     「その子に会ってみたくはないの?」

 佐野     「いや、それは無理だね。今のところスケジュールがカツカツだし。でも、今は先の事を考えたって仕方がないよ」

 石原     「でも、佐野くん!佐野くんにもしもの事があったら…私…」

 佐野     「大丈夫。玉川さん、変な人じゃなかったし」

 石原     「そういうことじゃない」

 佐野     「え」

 石原     「佐野くんはどんどん私たちとは遠い存在になってきちゃって…なんだか、私、こわい。こわいけど嬉しいの。もっともっと世界に通用する芸術家として頑張ってほしい…だから、もし何かの暗示だったらと思うと…」

 佐野     「わかったよ。この件についてはどうにかする。とにかく、時間が空いたら食事にでも行こう」

 石原     「ありがとう。(携帯の着信音)あ、電話。出るね。はい、マネージャーの石原です。…はい、はい、ええ、そうです。はい、わかりました。今から向かいます。(電話を切る)それじゃ、先に帰ってて。出かけてくるね」

 

 *

 

 夜9時。佐野の自宅ギャラリー

 佐野     「(…俺が迷っている、だって?作品展もやった。賞もとった。不満なんてない。妥協だってしてない。これだけみんなが評価してくれてるんだ。その気持ちを汲み取らなければいけないのに…どうして…。いい、とにかく寝よう)」

 

 …

 

 公園の砂場

 

 佐野     「ここは…大学近くの公園、か?」

 イサコ    「佐野さん!会いに来てくれたの?!」

 佐野     「えっ」

 イサコ    「約束、覚えていてくれたんだね」

 佐野     「きみが…イサコちゃん?」

 イサコ    「そうだけど…どうしたの?」

 佐野     「いいか。俺と君とは初対面なんだ」

 イサコ    「どういうこと?…もしかして、忘れてたとか?」

 佐野     「そうじゃない。君が会っていた俺はあくまで夢の中で、今の俺は現実に存在している俺自身だ」

 イサコ    「そんなことどうでもいいわ。佐野さんは佐野さんよ。…でもちょっと老けた?」

 佐野     「おいちょっとそれは聞き捨てならないな」

 イサコ    「だってそんな顔じゃ、もう大学生なんて卒業してるみたいだし」

 佐野     「ってことは、大学の頃の俺と会ったのか」

 イサコ    「そうみたいね」

 佐野     「イサコちゃん。きみの容体はどうなんだ?きみの母さんが俺の講演会をわざわざ訪ねてきたんだ」

 イサコ    「もういいのよ、容体とか。ママが突然押しかけてごめんね」

 佐野     「だって今は意識が…」

 イサコ    「いいのいいの。砂になれるなら、それでいいのよ。あたし、砂になったら佐野さんの作品になりたいぐらいよ。そうすればみんなに見てもらえるでしょ」

 佐野     「待てよ。なんで、自分の人生をあきらめてるんだよ。もっと具合がよくなってやりたいこととかあるだろ?」

 イサコ    「残念だけど、このまま具合がよくならないの。ずーっと。だから、そういう風に吹っ切れるしかないの」

 佐野     「イサコちゃん…」

 イサコ    「だから、佐野さんには私の分まで生きて欲しいし、この砂の中に埋もれて欲しくない。ね、お願いよ」

 佐野     「本当にそれでいいのか?」

 イサコ    「そうだよ。自分の腹は決めてるの。あなたと違って」

 佐野     「俺と?」

 イサコ    「そうよ。佐野さんはいいわよ。自分を見失うことができて。みんなが認めてもらえるから、みんながあなたの形を知っているから、その型にはめこめば楽ちんなんでしょう。私と違って!」

 佐野     「俺は今、自分の現状に満足してるんだ。だからこのまま…」

 イサコ    「このまま…。どうするかは聞かない。砂の城はもう作らないの?」

 佐野     「なぜそれを?」

 イサコ    「…やっぱり、忘れていたのね佐野さん。何年か前にあたしと会ったこと。夢でしか会えないなんて嘘だよ。あたしたちこの公園で会ってたんだよ。遠い遠い日に、この場所で」

 佐野     「そうだったのか…ごめんな、覚えてなくて」

 イサコ    「ううん、いいの会ってくれただけでも嬉しいから。佐野さんはサンドアートを続けようとした理由。思い出してみて。」

 

 去ろうとするイサコ

 

 佐野     「待って!」

 

 佐野     「でも、これは夢だ!夢なんだよ!イサコちゃんが助かる可能性だってゼロじゃないんだ!次に会う時は夢のこの場所なんかじゃない。きみがいる病院だ。きみにちゃんと会えたら、イサコちゃんも俺も何か希望が見出せるかもしれない。約束だ!だからそれまで____」

 

 目を覚ます佐野。朝の8時。

 

 佐野     「…やっぱり夢だったか」

 

 自分の携帯とメモを探す。佐野、電話をかける

 

 佐野     「もしもし、朝早くにすみません。佐野です。玉川さん、イサコさんの入院先の病院へ見舞に行きたいのですが…はい…はい…わかりました。ありがとうございます。失礼します」

 

 

 *

 

 雑誌編集者  「日本の芸術界を担う若手芸術家、佐野氏突然の引退宣言」

 

 石原     「どういうこと?!ねぇ、いきなり引退って…何かあったの?!」

 佐野     「それを今、会見で話す」

 石原     「ああ、神様…そんな」

 

 会見に出ていく佐野。たくさんの記者とカメラマンが席に座り、佐野が出てきたと同時にカメラのフラッシュ

 がたかれる。

 

 

 記者     「佐野さん、引退宣言とはどういうことでしょうか?」

 佐野     「(咳払い)えー、私がいままで世に送り出してきた作品はすべて見てくださる人々に媚びへつらう為に作られた偶像の産物です」

 石原     「違う。違うわ!あなたの作品は素晴らしいもの!」

 佐野     「それは、私が人に認めてもらいたいだけの、私なりのコミュニケーションに過ぎなかった。そうすれば私という存在に価値を見出してくれると思ったのです。」

 記者     「佐野さん、それは自分の作りたいものではなかった。誰かが作らせていたということですか?」

 佐野     「誰かが、私に作らせた。そいうのは語弊ですね。本来は、私が作りたいものを作っていました。しかし、他人の目を気にするあまり、私は私をよく見せるためだけに芸術を作ってしまったんです。」

 記者     「このことに気づいたキッカケはなんでしょうか?」

 佐野     「…大学時代に燻っていた頃に通い詰めていた公園の砂場があります。そこで私は、砂の城を作っていました。子供たちと混ざって、少年の頃に戻って、ひたすらそこに意味なんて、テーマなんてない。ただ砂と触れて楽しいと感じるままに作る気持ち。私はこのことを忘れていたのです。これからはあらゆるメディアには顔を出さず、一からやり直す覚悟です。各関係者の皆様、ここにお詫び申し上げます」

 石原     「そんなことしたら…あなたは!」

 佐野     「…そして、このことを思い出させてくれた事に感謝申し上げます」

 

 雑誌編集者  「その後、佐野氏は都内の病院で、ある患者と会った所を目撃される。」

 

 都内病院、病室。

 

 佐野     「イサコちゃん!」

 イサコ    「さの…さん」

 佐野     「約束…守ったから」

 イサコ    「そう…だね。あたしが、夢の中で佐野さんと会う約束したの、覚えていてくれたんだね」

 佐野     「違うんだ、約束したのは俺の方だよ」

 イサコ    「じゃあ、砂遊びはやめてここまできてくれたんだ…」

 佐野     「そう。きみが砂になる前に、会いたかった」

 イサコ    「まさか…本当に会えるなんて」

 佐野     「イサコちゃんがいなかったら、俺は砂に飲み込まれるところだった」

 イサコ    「すな…」

 佐野     「うん、なんだかスッキリしたよ。大学生の頃とは大違いだ」

 イサコ    「あれ、この前大学生じゃなかったっけ…?」

 佐野     「まあある意味ね。存在を認めてもらうことに固執してたし」

 イサコ    「佐野さんも夢の中のあたしに会ったのね…」

 佐野     「そうさ。ね、あきらめるにはまだ早いよイサコちゃん」

 

 雑誌編集者  「彼は不治の病である患者に多額の寄付金を無償で贈り、その後の消息は絶ってしまった。稀代のサンドアーティストは一瞬の風によって砂と共に消えたのである。なお、彼の復活を願うファンの声は果たして砂塵の中に届くのだろうか。佐野氏デビュー当時から取材していた筆者にとっても悲しい事である。」