【あらすじ】
「彼らは罪を犯した。さらにその記憶が欠落している」
罪の意識だけが二人に付きまとう。そして出所していい代わりに許されたのは、とある部屋での“同居”だった。そんな二人の生活は脱出を試みたり、寂しくしたり、愛憎をぶつけあったりしていた。互いの罪を知るまでは。
冒頭。遠くで賛美歌の音が聞こえる。男女それぞれが上下舞台袖前に出てくる。二人に照明のスポットが当たる。
女 「この世に神様なんていない」
男 「この世に神様なんていない」
女 「それでも、聞いてください」
男 「私たちは罪を犯しました」
女 「しかし、どんな罪を犯したか何一つ覚えていないのです」
男 「この罪深き私たちに裁きを」
女 「この罪深き私たちに裁きを」
間。
男 「誰に誓う?」
女 「誰でもいい。誰かいるでしょ?」
男 「誰もいないよ」
女 「これを見ている誰かさんに誓う」
男 「誓います」
祈る。鐘が二回鳴り、賛美歌がフェードアウト
照明フェードイン。部屋にはソファ・冷蔵庫・鏡・低いテーブルが置いてある
男 「いくらなんでもどこかにある監視カメラにむかって、やる?」
女 「もし私たちを更正させるつもりならこれぐらいやっとかないと」
男 「本当にここから出るつもり?扉も窓もないのに?無理だよ」
女 「無理なんて言わないでよ。ここでずっと暮らすの?」
男 「暮らす…」
女 「生きた心地がしないんだけど」
男 「確かに、なんか殺風景だね」
女 「でしょ?これからどうしろっていうの…」
男 「自分のやったことさえ分かれば、ね」
女 「何もしてなければ紛れもない冤罪よ」
男 「でも何か“した”んでしょう?」
女 「まあ、ね」
男 「だから、ここに来た」
女 「同じよ、同じ。どんな悪さをしたと思う?」
男 「そりゃあもうかなり悪い事をしたんだろうな」
女 「かなり悪い事?」
男 「人を殺す。とか」
女 「なかなか悪い事するわね」
男 「我を忘れるくらい猟奇的な殺人を…」
女 「こう、刃物で何度も?」
男 「ぼくがやったとしたら怖いだろう?」
女 「うーん、あなたはどっちかというと毒を盛ってそう」
男 「毒?」
女 「例えば嫌いな上司のコーヒーに、一滴」
男 「薬の知識なんてあったかな?」
女 「いいじゃない。全部想像なんだから」
男 「被害者はどう思うだろうね」
女 「呪い殺されたりして」
男 「呪いか…」
女 「人の命を奪っていたとして、それを忘れるなんて恨まれるわ」
男 「もしかしたら、被害者はまだ生きていて、今でもテレビで取り上げてたりして」
女 「…」
男 「何か見覚えが?」
女 「いや、何も。仮にそうだとしたら、重罪だなって」
男、冷蔵庫を物色する。濃い黄色の飲料が入ったペットボトルが二つ
男 「ねえ、飲み物がある」
女 「何それ」
男 「飲み物だよ」
女 「何の飲み物か聞いてるの」
男 「さあ…ジュースじゃない?」
女 「さあ?分からないのに飲むわけ?」
男 「喉乾いてないの?」
女 「いい。いらない」
ペットボトル1本を飲み干す男
女 「よく飲めるわね。安楽死させるための毒だったりして」
男 「いや、甘くておいしい。きみも飲んでみなって」
女 「いらないってば」
男 「こんなのに毒が入ってるわけないよ。ジュースだもん。フルーツ系の」
女 「毒が分からないようにジュースっぽくしてるだけでしょ」
男 「そんなこと…うっ」
苦しむ男
女 「ほら、いわんこっちゃない!」
男 「…」
女 「うそ…死んだ?お願い返事して!あなたがいなきゃ一人でここを生きていける気がしないのよ!」
男 「それって本当?」
女 「えっ」
男 「本当だよね?ね?」
女 「…」
男 「ちょっとなんで黙ってるの」
女 「あんた詐欺で捕まったんじゃないの」
男 「えっ」
女 「喉乾いた。それ頂戴」
女、もう一本のペットボトルを飲み干す
女 「甘い」
男 「ね、平気でしょ?」
女 「あんたの考え方が甘いって言ってんのよ。罪悪感とかないわけ?」
男 「いや、おれはただ…」
女 「ただ、何よ」
男 「もし記憶が戻らないままでも楽しく過ごしたいなって」
男 「さっき言ったこと、嬉しかったし」
女 「安直」
男 「だよね」
女 「私はあなたと違って早くここっから出たいの。ここで何も知らないまま罪の意識を背負って暮らしていくのが辛い」
男 「それがどんな結果でも?」
女 「そうでしょ。だってこんなところで釈放の代わりに“同居”って。おかしいじゃない」
男 「おかしい」
女 「私たちは何かとんでもないことをしたんだわ」
男 「とんでもないこと?」
女 「それが分かれば苦労しないでしょ…考えすぎた。疲れた、あなたと違って」
男 「一言多い」
ソファで眠りだす女
男 「そこで寝られても」
女 「もうダメ。体が動かないの」
男 「でも久しぶりに寝るんじゃないの?」
女 「そうかも。もう何日経ったかすら忘れた」
男 「そうだね、おやすみ」
照明フェードアウト。ミキサーで混ぜる音が鳴った後、
ショパンの英雄ポロネーズ冒頭部分が流れる。
女と男の位置が入れ替わる。(以降、女の台詞は男性、男の台詞は女性に変わる。演者はそのまま)
サビを過ぎたあたりから照明がゆっくりフェードイン。
以下、曲中にサイレントでの動き
男、起きる。意識が朦朧としている。傍で寝ている女の姿に驚く。
女はまだ眠っている。恐る恐る自分の頬を触る。いつもと違う感触。指を見る。
いつもと違う。息が荒くなり、顔を確認しようと鏡の方へ向かう。
鏡をまじまじと見つめる。さっきまで見ていた男の顔
男の悲鳴と共に音楽カットアウト
せわしなく歩き回る男
男 「なんで!?うそでしょ!」
起き始める女
女 「なに…なんか思い出した?」
男 「私が起きた!」
女 「ええ?」
男 「あんた…あの男なの?」
女 「さっきから何を(欠伸)」
男 「触らないでそれは私の体よ!」
女 「ああ…わっ」
男 「見るな!覗き込むな!」
女 「声低くなった?」
男 「そういうことじゃなくて、いいからこっちに来なさい」
鏡による二人
女 「わあ…女だ」
男 「もうちょっとマシな反応はないわけ?」
女 「おれの体できみがしゃべっていることになるな…どうする?」
男 「どうするもこうするもないでしょ。早く元に戻らなきゃ」
女 「どうやって?」
男 「どうって…いままでこんなことなかったんだから何かキッカケがあったはずでしょ」
女 「ジュース!」
男 「え?」
女 「ジュースだよ。この前飲んだでしょ?」
男 「飲んでないよ、ジュースなんか」
女 「だってそこにボトルが…」
テーブルの上に置いたボトル2本が無くなっている。
男 「毒なら、飲んだけど」
女 「毒?」
男 「あなた知らないの?毒で彼女と心中を図ったのよ。あなたの体の記憶だわ」
女 「おれの?」
男 「馬鹿みたい、自殺なんて。他の男にとられるのが怖いから?それとも自分に女がいたことがばれたから?」
女 「さあ…それと体が入れ替わったことと関係あるかな?」
男 「あるでしょ。お互いが自分たちの罪を知れば元に戻る、そんな気がする」
女 「それがおれの罪…か」
男 「のんきね。でもほんの一部よ。まだちょっとぼやけているの。あなた自身は覚えていなくても体は覚えてるみたい。あなたはどう?」
女 「思い出せない」
男 「あら」
女 「思い出せないくらい、殺した」
男 「酷い…」
女 「自分がやったことだろ」
男 「よかった。私も自分の体が覚えているのね」
女 「よかった…?」
女 「なあ、おれたちここを出ちゃいけないような気がする」
男 「どうして?最初に来たときより進歩してるのに」
女 「これが進歩だって?むしろこの状況が罰だと思うけど」
男 「なんとも精神的な罰だこと」
女 「罪悪感がどうのって言ってたヤツの顔じゃないぜ」
男 「私、いい子ぶるのは嫌いなだけよ。そもそもあんたの顔でしょ?ねぇ神経質そうな顔しないでくれる?まるで私がイライラしてるみたい」
女 「…」
男 「ねえ、もっと聞かせてよ。私がやった過ちを。こういう時って羞恥心があって受け止められないけど、身に覚えがないから、余裕をもって聞けそう」
女 「いいか、お前の罪を身に覚えのない俺が、お前の感情や記憶を背負ってんだぞ」
男 「そりゃお互いさまよ。で、何か思い出した?」
女 「…しばらくこの話はよそう」
男 「ねぇお願い。私の事が知りたいの」
女、黙り込む。男が顔を覗き込もうとすると、そっぽを向く
男 「ねえ」
女 「なに」
男 「お願い」
女 「だから何を」
男 「…仲良くいさせて」
女 「なんで」
男 「言ったでしょ?私、一人じゃ生きていけないの」
女 「そう」
男 「あなたが必要なのよ」
女 「都合がいいよ」
男 「ごめんなさい」
女 「許されると思う?」
男 「それは…」
女 「じゃあお互い仲良くしよう、な?」
男 「…ええ」
女 「そこで、思いついたんだけど」
女 「ここから出る方法」
男 「まさか!」
女 「きみなら簡単なことさ。ほら、こうやって…」
女、男の手を自分の喉元に伸ばす
男 「何する気よ」
女 「きみの過去を思い出すならこうするのが手っ取り早い気がするんだ」
男 「だからってなんで私の首を私に触らせるのよ」
女 「ねぇ、首の締め方も忘れたの?もっともっと苦しかったはずだよね?」
男 「!」
女 「やめんなよ。思い出してきただろ?」
男 「ねぇ…これ」
女 「何で戸惑うんだ。自分がしてきたことだよな?そんな顔すんなって」
男 「これって…あなたの記憶?」
女 「…」
男 「私、見たことあるのよ。あなたの記憶と同じような…」
女 「やっぱり…」
男 「でも、私で試さないで。死ぬことがここから出る方法なんて考えてないでしょうね」
女 「きみしかいないんだよ。お願いだ」
男 「だから、なんで私が私の体を傷つけなきゃいけないの?」
女 「それが罰だとしたら?」
男 「そんなわけないでしょ!自殺するための他殺なんて!」
女 「そんなこといいから、さっさと一思いにやってくれない?だってやったことあるんでしょ?」
男 「たぶん」
女 「たぶん?なに今更怖がってんの?それともおれの記憶が信じられないのか?」
男 「逆に聞くけど、なんでそんなに死にたがってんのよ」
女 「…気づいたんだよ」
男 「気づいた?」
女 「ぼくはここにいちゃいけない。僕の心は、意識は、あってはいけない」
男 「なんでよ」
女 「きみを、殺したかもしれない」
男 「殺した?」
男 「ばかなんじゃないの?」
女 「えっ」
男 「じゃあ私はなんでここにいるの?」
女 「まあ…そうだけど」
男 「それが私の記憶って確証もないのに」
女 「見たんだよ。今みたいな状況を」
男 「何よそれ」
女 「ぼくの体にきみがいた時、ぼくは拒絶したんだ。この体が覚えているのはきみが心の中で押し殺してきた人間だ。本当に人を殺してなんかいない。殺したのはぼく自身だ」
男 「じゃあ、あの毒は…」
女 「そうだ、ぼくの中にいた、きみごと殺すつもりでいたんだ」
男 「あなたが死ぬことないじゃない。思い出したわ、あの女。私を見るなり急に泣き出して、『お願い返ってきて』って。あれ、あなたの事を言ってたの?」
女 「そうなのかな。ときどき、記憶が抜け落ちていたんだ。ぼくが知らない記憶。それは、きみの記憶だ」
男 「なんか混乱するわ。外の空気を吸いたい」
女 「そうだよ。吸っていきなよ」
男 「…ホントにここから出ないつもり?」
女 「ああ」
奥から薄く光が差し込む
男 「その体は、あなたにあげる」
女 「ありがとう」
男 「これで、半分こね。あなたも、私も…」
女 「さあ、行っておいで。これがぼくたちの償いだ」
暗転
暗転中に男女の話声が聞こえる。心臓の鼓動音。
女 「先生、これは…」
男 「双子の片方がもう片方に吸収されてる…。母体の方には問題はないが」
女 「まだ性別も分からない状態ですからね…」
男 「でも不思議なことに先に生まれた方が新しくできた方に吸収されているんだ。生物学的上、先に生まれた方が優勢なのに…」
女 「この子にはなんとしてでも生きて欲しいですね」
男 「ああ。とにかく検査結果を報告しよう」
間
女 「おめでとうございます、第一子誕生です」
終幕。英雄ポロネーズが流れる。
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