地獄に舞オリた天使

 【あらすじ】

収容所に一級戦犯が入れられた。それからというもの彼の監視についた看守たちはことある事に交替するのだ。前についた看守のことなど知らずに、今日も新しく監視につく彼が目にしたのは弱々しくうずくまる純白の天使だった。




【本文】


 とある収容所。檻の奥に白い服を着た囚人がうずくまっている。


 看守登場


看守「どんな一級戦犯が入ってるかと思いきや…大したことない。こいつはここから出られないならなんの問題もない。いいかお前、今日から私がここの看守だ。新入りだからといって簡単に出られると思うな。私の命令に逆らったら即死刑だ」


囚人「…」


看守「返事は?」


囚人「…」


看守「…返事は?」


囚人「…」


看守「私に刃向かうのか。貴様!許さん!」


看守、はじめて囚人を見る

鉄格子の奥にうずくまる囚人の羽に気付く


看守「庇っているのか?怪我をしているのか…」


囚人「看守様、すみませんが、酷い痛みで声がうまく出せないのです…」


看守「なんだと」


囚人「ですから…近くに…」


看守「ここから出せと?囚人の常套句が私に通用すると思うか?あきらめるんだな」


囚人「出ようとは…思っておりません」


看守「なに?」


囚人「もう、苦しくて耐えられません。ここで私を殺してください」


看守「はぁ?」


囚人「お願いです!!」


看守「待て待て。私がお前を殺すとなるとこの檻の鍵を開けなければいけない。なら、そのまま見殺しでひとつ手を打ってやろう」


囚人「そんな!あんまりじゃないですか!」


看守「あんまりだと?お前自分の立場が分かって言ってるのか?」


囚人「さっき言いましたよね?命令に逆らったら死刑だって…さあ、命令して下さい。なんだって逆らってやりますよ」


看守「その手に乗るか!…そもそも、なぜこんな所へ入れられるような罪を犯したのだ」


囚人「…知らないんですか?」


看守「罪状の詳しい事は守秘事項なんでな。特に世間一般に公開されないような一級戦犯は…」


囚人「ああ、そうゆう…」


看守「堕天使なんてそんなもんじゃないのか」


囚人「知らなくていいこともありますよね」



間。




看守「…」


囚人「あれ、黙っちゃって。どうしたんですか?」


看守「おしゃべりが過ぎるぞ。傷の痛みで話すのが辛いんじゃなかったのか」


囚人「ああ…看守様が優しい方だったので少し気分が優れたのです」


看守「そうか」



間。


囚人「…看守様。私、看守様ともっとお話がしたいです。死ぬ前に外のお話が聞きたいのです。自分がいなくなる世界の今後などどうということはないのですが、看守様は私のいない世界で生き続けるのでしょう?そのことには興味があるのです」


看守「…」


囚人「お願いです!」


看守「…」


囚人「なんでも、なんでも命令は聞きますから」


看守「逆らうことを承知の命令など、命令ではない」


囚人「死にたいなんて思いませんから!」


看守「…」


囚人「ねぇ、看守様。もっと近くに…こちらに顔を向けてください。あなたがどんな正義を刻みつけたお顔なのか、この目に焼き付けたいのです」



咄嗟に振り返ってしまう看守


看守「…」


囚人「ああ、この方が私の罰を裁いてくれたら」


看守「償いの気持ちはないのか」


囚人「償うも何も私の命を懸けても償いきれないことです。命で償えるならすぐに差し出します。ほら」


看守「命令だ。自分の命を粗末にするな、以上」


囚人「あなたは優しいお方だ」


看守「やめろ。気色が悪い」


囚人「 私がとうてい辿り着けない所にあなたはいる。さぞかし困難な道を歩んできたのでしょう。そして、誰にも赦されず進んできたのでしょう」


看守「その口を塞げ」


囚人「…あなたの苦しみ、私に分けて下さい」


看守「喋るなと言っているだろう!」


囚人「どうして悲しい顔をしているのです?」


看守「…」


囚人「過去に人格を否定され、精神を蝕み命すらこの世に散っても構わない、生きる意味すらも…」


座り込む看守


囚人「あなたの顔を一目見て感じました。これでも元・天の使いですから…」


看守「…」


囚人「話してください、あなたのこと」






 囚人が鉄格子の正面に立ち、看守を見下ろしている

 看守は四つん這い越しに囚人を見上げる


看守「私は…私はどうしたら…」


囚人「どうするということもありません。『自分を愛すること』だけです」


看守「いや、そういうわけじゃなく…なぜあなたがこんな檻に閉じ込められているのか」


囚人「罪を認めることこそ私の贖罪だと…」


看守「なぜ、なぜ!世の中にはもっと犯罪者が蔓延っている!確固たる証拠を作らず捕まらない範囲で利用する悪意こそ、世間の汚泥だ!民意という名の悪魔だ!おかしすぎる!」


囚人「そうですね。世の中は綺麗事だけじゃない。心があるということはその光が眩しいほど闇が深いのです。その中で我々は生きねばなりません」


看守「あんまりだ!こんな、こんな世界…」


囚人「何をしてるんですか」


看守「決まっているだろう。あなたは一級戦犯だ。これが野に放たれれば世間はどうなる?」


囚人「私は出るつもりはないと…」


看守「これは私の、私が愛した私の!命令だ!」


 檻の中に入る看守


看守「ああ、最初見た時思ったんだ…なんてこんな美しい天使が…こんな所にいるんだろうって」


囚人「…」


看守「あなたは私を愛してくれた、赦してくれた。どうか、どうか…私の生きる世界を救って欲しい…」


囚人「…それは命令ですか?」


看守「命令?とんでもない、あなたへの祝福の祈りだ。…ああ羽の傷が痛々しい」


囚人「…」


  囚人を抱きしめる看守


看守「その傷の痛みを私にも分けて欲しい」


囚人「…」


看守「さぁ傷が癒えたら、何処へでも飛んでいってくれ」


囚人「…」


看守「……いっ、イテテテテテ」


囚人「…私の苦しみが癒えるまで」


看守「イテテテテ」


 囚人が看守にかじりつこうとする

照明がフェードアウトしながら、バリバリと音を立てていく。

  

 

囚人「…あなたは優しいお方だ」


看守「…」


囚人「痛みで声が出せないのでしょう…あともう少し、目をつぶって…」


 バリバリと音を立てながらフェードアウト



 照明フェードイン。

檻の奥に白い服を着た囚人がうずくまっている。


 看守登場


看守「どんな一級戦犯が入ってるかと思いきや…大したことない。こいつはここから出られないならなんの問題もない。いいかお前、今日から私がここの看守だ。新入りだからといって簡単に出られると思うな。私の命令に逆らったら即死刑だ」


囚人「…」


看守「…前のやつと同じようにはいかないからな」


囚人「はい」


看守「やけに素直じゃないか」


囚人「命令は絶対ですからね」


看守「気に食わん。弄びよって堕天使が」


囚人「看守様、お話が…」


 バンと銃弾が翼を貫く


看守「誰が話していいと言った?」


 囚人がにっこりと微笑み、幕。