ロール

【あらすじ】

研究室から出てきたのは、ミイラ男?!


助けたい。救ってあげたい。言葉にするのは簡単だけど、どうにも出来ないとき、悔しくてキュッと唇をしめた。みんながみんな、それぞれの救済だと信じて。

(主な登場人物)

 ・マリー

 ・ミイラ男

 ・ジェクター

 ・カノン

 ・クロス

【第一幕】

 

 暗い研究室。肉を切る音とメモリの音、液体が注がれるが聞こえる

 

 *「今回もダメか」

 *「いや、様子がおかしい」

 *「血液中の酸素濃度が低下しています」

 *「続けろ」

 *「心拍数が乱れ始めています!」

 *「抑えろ!このままだと死ぬぞ!」

 *「壊死は免れている。最悪細胞だけでも助かればそれでいい」

 *「じゃあこの人はどうなるんですか?!」

 *「冷凍保存だ…そのうち目覚めるさ」

 *「この状態でですか?!傷の修復だって不完全でしょう!」

 *「いいか、これはひとつの大きな成功だ。だが…世に送り出すには早すぎる」

 *「安全性が確かめられてからでないと、医学界にも波紋が広がるだろう。お前の息子がこの研究を引き継ぐ頃にはいままでの実験が報われるはずさ」

 

 重い扉が閉まる

 

 学生が集まる研究室。ブクブクと音を立てる液体や、顕微鏡を見ながらデータを書き込んでいる

 

 学生A「先生、これは…」

 ジェクター「比較的数値が安定していますね。しばらく様子を見ましょう」

 

 学生B「マリー、マリー」

 マリー「なに?」

 学生B「あんた生物学専攻だっけ?」

 マリー「違うけど、これだけはやっとけって…」

 学生B「なるほど、それでジェクター先生か」

 学生C「細胞分裂なんて見てもゾクゾクしないでしょ」

 ジェクター「それはどうでしょうか。我々の目に見えないほど小さいものが如何に体を組織し構成しているか…医学には必要なことです」

 マリー「薬や手術に頼らない時代…」

 ジェクター「そんな時代も遅かれ早かれやってきますよ。細胞さえ強くなれば治癒能力も数十倍跳ね上がります」

 学生A「そのうち医者なんて要らなくなりますね」

 ジェクター「まあ、イタチごっこみたいなものですから。医者が要らない日は遠いでしょうね…難しいところです」

 学生C「ところで、ここの部屋。でるみたいよ」

 学生B「ま、そんなかんじはするでしょ…細胞とるために解剖なんてしょっちゅうだし」

 学生C「恨まれても仕方ないよねぇ」

 ジェクター「無駄口を叩いている暇があるならデータをとってからにしたらどうです?」

 学生BC「はーい」

 

 

 夕方、静かな研究室。棚にはフラスコやビーカー、危険な薬品がきちんと整頓され、奥の重い扉の先は冷凍室になっている。

 そこへ走ってくるマリー。かなり走ったらしく息が荒い

 

 マリー「あとはここしかない…」

 

 しばらく研究室を物色し始めるマリー

 

 マリー「!あった…もー!なんでこんな所にあるのまったく!」

 

 自分のペンをすぐ胸ポケットに差し、そそくさと帰ろうとする。一瞬の寒気が冷凍室の扉が開いているのを気づかせた。恐る恐る近づくマリー

 

 マリー「誰?開けっ放しにしたやつ…」

 

 マリーが重い扉を動かそうと反動で開けた瞬間、身体中を包帯で巻かれた人間が出てくる

 

 マリー「ひぎゃあああ!!!?!」

 

 かつて人間だったものがその場に倒れ込む

 

 マリー「やだ…ここのサンプル?」

 ミイラ男「あ゛……」

 マリー「え…?生きてる?!」

 

 遠くから「おい、どうした?」と駆け寄る声と足音が聞こえる

 

 マリー「まずい!」

 

 咄嗟にミイラ男を掃除用ロッカーに押し込む。研究室の扉を強く開け、男が入りこみ、ロッカーの前に立つマリー

 

 ジェクター「マリーさん?!」

 マリー「あ…先生」

 ジェクター「…悲鳴はきみだったのか」

 マリー「お恥ずかしながら」

 ジェクター「ここで何をしていたんだい?」

 マリー「ええと、忘れ物を探していたらそこの扉の角に足の小指をぶつけてしまって…それで、ここで立って痛みを和らげていたんです。お恥ずかしながら」

 ジェクター「きみはよく焦って失敗するタイプだと何度も…とにかく今日の鍵当番はぼくだ。すぐ帰ってもらわないと」

 マリー「すみません…しばらくしたら帰ります」

 ジェクター「ああそれと、なぜ冷凍室の扉が開いていたかわかるかい?」

 マリー「いえ、私が来た時には既に開いていました」

 ジェクター「そうか。気を付けて帰りなさい」

 マリー「はい」

 

 重い冷凍室の扉を閉め、去っていくジェクター。彼の足音が消えるのを聞き、安堵するマリー。ロッカーから包帯を巻かれた手が伸びる

 

 マリー「ああごめんなさい」

 

 ミイラ男の体を見る

 

 マリー「それにしても…よくあんな寒い部屋に閉じ込められていたわね」

 

 帰ろうとするマリー。ミイラ男がゆっくりついてくる

 

 ミイラ男「あ゛……あ゛…」

 

 マリー「待って。サンプルは家に持ち帰っちゃいけないの」

 ミイラ男「あ゛……」

 

 包帯の隙間から見える生々しい傷と付着した血の痕、渇いた皮膚がマリーの目に写る

 

 マリー「…わかったわよ。どっちにしろ、先生に怒られるけど」

 

 上着のジャケットをミイラ男に羽織らせる

 

 マリー「ついてきて。裏口から帰るから」

 

 足がおぼつかないミイラ男

 

 マリー「…将来介護士になれそう」

 

 マリー達が去り、静かに研究室へ入るジェクター。自分が閉めた冷凍室の扉を開け、確かめる

 

 ジェクター「…やはり、か」

 

 暗転

 

 明転

 雑誌記者らしき男女2人が街を歩いている

 

 編集長「『恐怖!宵闇に紛れ、徘徊するミイラ男』…」

 カノン「どうです?編集長。今回のは行けますって!」

 編集長「この写真はきみが?」

 カノン「ええ。興奮して震える手を抑えながらシャッターを切りました…」

 編集長「へえ…」

 カノン「最初は仮装好きの変態かな?と思ったんですよ!でも、違ったんです」

 編集長「何が違ったんだ?」

 カノン「写真ではハッキリと写ってませんけど、私、見たんです。そいつの肌が乾燥してカピカピだってこと!」

 編集長「…はあ?だったらエジプトのファラオのように動くわけがないだろうが」

 カノン「ところがどっこい、動いていたんですって」

 編集長「ただの仮装好きだと思うがなぁ…他に何か情報は?」

 カノン「医学大学のキャンパスを歩いてました」

 編集長「そっちのほうがよっぽど重要じゃないか!もしかしたら、昔、秘密裏に実験していた被験者かも…」

 カノン「そうなんですかぁ?」

 編集長「それで、そいつはどこへ?」

 カノン「それがですね…」

 

 新聞がキャンパス内でばらまかれる

 新聞のビラを1枚とる学生

 

 学生A「なにこれ?」

 学生B「『都市伝説・彷徨うミイラ男の謎に迫る』…」

 学生C「やっぱりいたんだね」

 学生B「マリー、昨日遅くまで忘れ物探してたけど、見つかった?」

 マリー「見つかった。私の大事なペン」

 学生B「ミイラは?」

 マリー「見てない」

 学生C「つまんないの。この大学で夕方頃でたって写真まで載ってるのに」

 学生A「ホントだ。この時期に仮装なんて…ましてや、校内でうろついたら警備員に捕まってるし」

 カノン「マリーちゃーん♡」

 マリー「カノンねえさん?どうしてここに…」

 カノン「(学生に)あっ、それ私が書いた記事なの。今頃大学の教授たちは大騒ぎでしょう」

 マリー「カノンねえさん…」

 カノン「ちょっとマリーちゃん借りるわね♡」

 

 学生達とマリーを引き離すカノン

 

 マリー「なに?あの記事…」

 カノン「すごいでしょ?一大スクープだと踏んでるわ」

 マリー「仕事の手伝いはしないからね」

 カノン「そうじゃないの。私、見ちゃったのよ。あなたがいたとこ」

 マリー「はあ…?」

 カノン「ね、いたんでしょ?ミイラ男。どうだった?どうだった?」

 マリー「知りません」

 カノン「本当にぃ〜?」

 マリー「本当です。身に覚えが…」

 カノン「この写真見ても覚えてないの?」

 マリー「!」

 カノン「まあいいわ。そのうち真実を突きとめてやるんだから♪」

 

 困惑するマリーの表情にシャッターを切るカノン

 

 カノンはニコニコしながら大学のキャンパスを出ていく。

 

 マリー「はぁ…」

 学生C「やっぱり見たんじゃないの?」

 マリー「見てない」

 

 足早に帰るマリー

 

 学生C「やっぱ見てんじゃん」

 学生A「あの記事書いてる人、マリーの叔母さんでしょ。前にも取材にきてたし」

 学生C「マリーも大変ねぇ〜」

 

 学生たちと交差するように、先程の記事を読みながら、男が歩いてくる

 

 クロス「ああ、きみたち。ジェクターって先生がどこにいるか分かる?」

 学生B「え…今だったら第2資料室にでもいるんじゃないですか?」

 クロス「ありがとう、助かるよ。きみたちに神の御加護があらんことを」

 

 校舎へ入っていく男

 

 学生A「なぜに神父…?」

 学生B「さぁ…?」

 学生C「なんでジェクター先生?」

 学生B「さぁ…?」

 学生A「でもかっこよかったね」

 学生C「うん」

 学生B「あの人だったらカウンセリング受けたいかも」

 学生C「うん」

 学生B「あたし達もちょっと様子を見に行きましょ」

 学生A「そうね」

 

 神父の男の後をついていく学生たち

 

 暗転

 明転

 第2資料室。本を読み漁るジェクター。

 そこへクロスが入ってくる

 

 ジェクター「…きみか」

 クロス「私が来た意味が分かるか?」

 ジェクター「デリバリーを呼んだ覚えは無いんだがな」

 クロス「…罰当たりめ。この記事は何だ」

 ジェクター「…」

 クロス「これは神の冒涜だ。人の体をなんだと…」

 ジェクター「人の体がなんだって?モルモットと同じだって?」

 クロス「昔、お前は親に大切な遺産を引き継いだと言ったな。それがこれだというのか」

 ジェクター「とんだ置き土産だろう?将来、強力な細胞蘇生によって命を繋ぐことが出来る。死して親父達の成果が報われたんだ」

 クロス「だからといって人間が人間の命を弄ぶのは悪だ」

 ジェクター「その悪による犠牲で今の医学はここまで発展してきたじゃないか…きみは変わってないな」

 クロス「…あの悪魔の産物を生かしてはおけん」

 ジェクター「ぼくの遺産だ。ぼくの手で始末する」

 クロス「お前がまた解剖に使うのは目に見えている。私が然るべき処置を施すだけだ」

 ジェクター「やってみなよ」

 

 コミカルな喧嘩を始める2人。

 そこへ扉の隙間から覗く先程の学生たち

 

 学生A「やっぱり…!」

 学生B「やっぱり何よ」

 学生A「できてる」

 学生C「出来すぎでしょ…」

 学生B「ただの子供の喧嘩にしか見えないんだけど」

 学生C「違うの、じゃれてるの!犬みたいに!」

 学生B「なんか先生、ガッカリだな〜。もっとマジメでインテリ系おじさんだと思ってた」

 学生A「ギャップでしょギャップ。あの神父がいて初めて心を解放するのよ」

 学生C「まさに愛のカウンセリング…」

 

 クロス「とにかく私はお前より先に見つけ出してやる。必ずだ」

 ジェクター「あれを1番理解しているのはぼくだ。先に見つけるのはぼくさ」

 

 お互い違うドアから出ていく2人

 

 暗転

 明転

 マリーの部屋。ぼーっとミイラ男が座っている。鍵を開けて入るマリー

 

 マリー「んー…やっぱり慣れない」

 

 ミイラ男の方を見る

 

 マリー「反応ナシ、か…」

 ミイラ男「あ゛…」

 マリー「私、どうしたらいい?どうしたら助けられる?勢いで連れてきちゃったけど…そうだ、包帯。取り替えましょ」

 ミイラ男「う゛ぅ…」

 マリー「!」

 

 包帯が皮膚に貼り付いてはがせない

 

 マリー「ごめん、痛かったね」

 

 ぬるま湯に付けたタオルでミイラ男の体を拭く

 

 マリー「ねぇ、なんであんな所にいたの…?」

 ミイラ男「あ゛…あ゛…」

 マリー「…」

 

 しばらくして、マリーはスコーンを片手に新聞記事に読みふけり

 ミイラ男は窓の方を眺めている。

 

 マリー「どうしよう」

 

 ミイラ男はぼーっと窓の外を眺めている

 

 マリー「ああもう!」

 

 大きい音に反応したのか、ミイラ男はマリーを見つめる

 

 マリー「ごめんね、あなたのせいじゃないのよ…」

 ミイラ男「(ご…め……ん、…ね)」

 マリー「え…?すごいわ!あなた今、ごめんねって言ったでしょ!いや、言ったことにしちゃう!!すごいわ!」

 ミイラ男「…」

 

 思い出したように、マリーは窓の外に目をやる

 

 マリー「でも、こうしてるうちにきっと…ねえさんが」

 

 カノン「マリー、私が追い求めるのは真実よ。知るという好奇心だけなの。いち早く情報をつかみたいの。みんなに知ってもらえば、彼だって助かるかもしれない」

 

 マリー「絶対言うだろうなぁ…」

 

 ジェクター「マリー、包み隠さず先生に話してごらん。もともと研究室にあったものだ。ぼくが上に頼み込んで解決してあげるよ」

 

 マリー「先生もなぁ…なんか隠してそうだし(思案し、写真立てを見て)教会かぁ、しばらく行ってなかったし…ちょっと出掛けてくるね」

 

 鍵をかけ、出ていくマリー

 

 ミイラ男「(まっ、て…)」

 

 教会。

 神父とカノンが話している

 

 カノン「(言い寄るように)ねぇ神父さま?あなた、大学でお見かけしたんですけど、ジェクター教授とはお知りあいなんですの?」

 クロス「聞いてどうする。つまらん記事にでもする気か」

 カノン「いいえ、私はただ関係だけ知りたいんです。だってホラ、校内でこんな写真。お互い見つかったらマズいでしょ?」

 クロス「…古い知人だ」

 カノン「そうですか。それで、神父さまは私の記事を読んでキャンパスへ入っていくのを見かけたのはそういうことだったんですね?」

 クロス「…そうだ」

 カノン「私の記事に心当たりがあったんじゃありませんこと?その古い知人と」

 クロス「…」

 カノン「もしミイラ男を作ったのが彼だったら、許せないことですものね」

 クロス「当たり前だ」

 カノン「ねぇ神父さま。私、見たんですのミイラ男」

 クロス「だからあんな記事を書いて盛り上げたんだろう」

 カノン「私の姪っ子と一緒に歩いているところ…」

 クロス「なんだと?!その娘はどこにいる?」

 カノン「ね、知りたいでしょ?でも神父さま、つれない様子じゃ教えたくありませんわ。古い知人情報と同等ならここまでしか話せませんもの」

 クロス「くっ…」

 カノン「…ジェクター教授と、何があったんです?」

 

 クロス「私と彼は同期だった。彼はいつも研究に没頭していた。生まれた時からの宿題と称して人体構造や、遺伝子、細胞…『治療』の為にその身を尽くしていた」

 カノン「生まれた時からの宿題?」

 クロス「親から受け継いだ遺産。彼は私にそう言ったが、まさか人体実験を代々続けていたとは…」

 カノン「そんな…」

 クロス「だがヤツは息を吹き返した。生贄として選ばれた穢れを癒す為に、私は何としてでも救わねばならない。私の手で…(人が入ってくる音)どうやら迷える子羊が来たようだ。帰りたまえ。もう充分だろう」

 カノン「ええ、貴重なお話ありがとうございました。ではこれで」

 

 こっそりテープレコーダーをポケットに隠し不敵な笑みを浮べ、先程の写真を渡し去っていくカノン

 

 懺悔室から明かりが灯り、マリーの声が聞こえる

 

 マリー「聞いてください。私は1人の人間を救いたいのです。その、ちゃんと生きてるんです。何て言ったらいいんだろう。息もあるし、声だって出てる。片目も光を失っていません。外傷が酷いんです。特に皮膚が…私の力ではどうすることも出来ません。悔しくて悔しくて腹が立ちます。医学を学んでいるのにどうしたらいいか分からない自分に!この罪を許してくれとは言いません。今はひとりじゃ、この気持ちが苦しいのです…」

 クロス「あなたは困難な状況にいても、毅然と立ち向かえる勇気ある方なのですね。自分を信じなさい。あなたが今出来る限りのことを。最前を尽くすことこそ、その人を救う近道なのです。あきらめてはいけません。あなたの行いは決して間違いではないのです。神は、いつも見守っています…」

 マリー「そう、ですね。やれることは、やってみます。ちょっとスッキリしました」

 クロス「あなたに神の御加護があらんことを」

 

 祈るクロス。マリーは去っていく

 

 クロス「…まさか、な」

 

 マリーの部屋

 ミイラ男は部屋の写真やノートに書いてある名前を見ている

 

 マリー「ただいま…」

 ミイラ男「マ、リー…」

 マリー「私の名前!覚えててくれたの?!」

 

 ノートを指すミイラ男

 

 ミイラ男「マ、リー…」

 マリー「はぁ…嬉しい。もっと呼んで」

 ミイラ男「マ、リー…マ、リー…」

 マリー「最高」

 

 本棚にある医学書を出して

 

 マリー「私、もっと頑張ってみる。あなたを助けたい」

 ミイラ男「マ、リー…」

 マリー「小さい頃、病気で入院した事があるの。病院が怖くてベッドでずっと『死んじゃうんじゃないか』って思ってた。でも先生たちのおかげで助かったんだ。今じゃなんともないし。だから、私もあの時のように助けてあげられたらなぁって」

 ミイラ男「…」

 

 しばらく、マリーがミイラ男に施す治療が見られる来る日も来る日も失敗と成功を繰り返し…暗転

 

 【第二幕】

 

 中央。記事を書くカノン

 

 カノン「…暫くして、めっきり都市伝説の噂は立たなくなった。というのもみんなの興味がなくなったわけじゃなくて。大学側の事を大きくしたくないが為の隠蔽…」

 

 シャッターを切る

 

 カノン「でも言ったでしょ?神父様も、救わねばならないって。私もそう思うの。真実を伝える事が、人々が知るという事が救われることなんだって…ねぇ、教授?」

 

 ジェクター登場

 

 ジェクター「話すことは何も無い」

 カノン「あります。大アリです。この真実は世間に知らしめるべきです」

 ジェクター「……何も無い」

 カノン「あるでしょう?あなたがしてきた事、あなたの家が代々受け継がれてきたこと…どうなんです、教授」

 ジェクター「いいか、あれはまだ未完成なんだ」

 カノン「未完成?」

 ジェクター「だから、君が知ることは何も無い」

 カノン「…それってマズいんじゃありません?未完成だからこそ起きる不具合とか」

 ジェクター「何かご不満でも?」

 カノン「…襲ったりとかしませんよね?」

 ジェクター「…さて、どうだか」

 

 ジェクター、大勢の研究員を連れてどこかへ去っていく

 

 カノン「何よそれ…あんたに責任とか無いわけ?!ちょっと!!ほんとだったら承知しないんだから!」

 

 ジェクターの後を追うカノン

 再び、ジェクターと研究員たちが集まる

 

 暗い研究室。肉を切る音とメモリの音、液体が注がれるが聞こえる

 

 *「今回もダメか」

 *「いや、様子がおかしい」

 *「血液中の酸素濃度が低下しています」

 ジェクター「続けろ」

 *「心拍数が乱れ始めています!」

 *「抑えろ!このままだと死ぬぞ!」

 *「壊死は免れている。最悪細胞だけでも助かればそれでいい」

 *「じゃあこの人はどうなるんですか?!」

 ジェクター「冷凍保存だ…そのうち目覚めるさ」

 *「この状態でですか?!傷の修復だって不完全でしょう!」

 *「いいか、これはひとつの大きな成功だ。だが…世に送り出すには早すぎる」

 ジェクター「安全性が確かめられてからでないと、医学界にも波紋が広がるだろう。お前の息子がこの研究を引き継ぐ頃にはいままでの実験が報われるはずさ…そう言われて何代目になるんだか」

 

 重い扉が閉まる

 ミイラ男がゆっくりと起き上がる

 隣ではマリーが疲れて寝ているようだ

 

 ミイラ男「(ご…め、ん…)」

 

 出て行こうとするミイラ男

 突き破るようにドアを開けるカノン

 

 カノン「化け物め!早くここから出ていきなさい!早く!!」

 

 その声で起きるマリー

 

 マリー「やめてよ!不法侵入で訴えるよ?!」

 カノン「お願いマリー、きいて。あれはジェクターが代々続けてきた実験体なの。あなたに変な病気とかウイルスがついたら私…姉さんに顔向けできないわ」

 マリー「そんな確証もないのに!」

 カノン「教授から聞いたの。未完成だからこそ、何が起こるか分からないの!ここから離れなさい!」

 マリー「やだ!この人は私が助ける!」

 カノン「あなただって助けられる確証もないのよ?!」

 マリー「カノン姉さんには分からなくていい事よ…知った所で分かり合えないと思う」

 カノン「そいつに触れないで!伝染るわ!」

 マリー「もう遅い…伝染ったら何?私がどうなろうと私の勝手でしょ!」

 

 クロス「そこまでだ。これ以上大声で喧嘩するなら、近所から苦情が出るぞ」

 カノン「神父様?!」

 クロス「マリー…。君が熱心に教会へ行ってたのに、急に音沙汰が無くなったと思えば…」

 マリー「神父…」

 クロス「分かっている。私にも責任があるんだ。彼を引き渡してはくれないか」

 マリー「何故です?!」

 クロス「事態は深刻なんだ。死んだ人間が蘇るなど…」

 マリー「…」

 

 ミイラ男を引きずるように逃げ出そうとするマリー

 

 クロス「どこへ行く?」

 マリー「あなたのお言葉のままです」

 ミイラ男「マ、リー…」

 マリー「え?」

 

 外へ向かうミイラ男。

 

 マリー「わかった。ついていくわ」

 

 部屋を出ていく2人

 

 クロス「…追わないのか?」

 カノン「追うのが野暮ってモノよ」

 クロス「そうか」

 カノン「あなたは追いませんの?」

 クロス「しばらく泳がせておく」

 カノン「まぁ。紳士的な対応ですわ」

 クロス「全く、親族に盗聴器を仕掛ける奴が言うことではないが」

 カノン「あの子を守る為よ。変な男がつかないように」

 

 

 雨の降る墓地。

 墓の前に立つマリーとミイラ男

 

 ミイラ男「マ、リー…マ、リー」

 マリー「(墓標を見て)…これ、あなたのお墓じゃないのね」

 ミイラ男「マ、リー」

 マリー「私と同じ名前…」

 ミイラ男「マリー!」

 

 後ろからジェクターが現れる

 

 ジェクター「やはり、ここだったか」

 マリー「先生…一体どういうことなんです?研究室に被験者なんて…」

 ジェクター「マリー、きみは選ばれたんだ」

 マリー「選ばれた?」

 ジェクター「彼もそうだった。ボロボロになった彼女と逃げてここへきた」

 

 マリーを守るようにジェクターに立ち塞がるミイラ男

 

 ジェクター「懲りないな。きみも」

 マリー「先生…なぜこんな酷いことを」

 ジェクター「酷い?…あぁまだ検死も見てない子が何を言うんだ。こいつだけじゃない。死体は放置すればするほど無残なんだ。骨になるサイクルをどうしてか人間は体と魂を留めようとする」

 

 電子タバコで一服するジェクター

 

 ジェクター「ぼくの家系は屍を処理する仕事に就いていた。人の死ぬ顔を見たことがあるだろう?まだ生きたかった顔をどいつもこいつもしている…そいつらをかき集めたのがその未完成品だ」

 マリー「先生も、この人を取り戻そうとしてるんですか?」

 ジェクター「や。そいつはどうでもいいんだ。それよりきみだよマリー、きみは1つの死に引き摺り込まれている。死神が迫る音がする」

 

 ミイラ男の体が溶けかけている

 

 ジェクター「助けたいんだろう?マリー、きみの手で完成させてくれ」

 マリー「先生…」

 ジェクター「彼を人間に戻すんだ」

 

 ジェクターとマリーはその場で応急手当をミイラ男に施す

 

 暗転

 

 編集長「『再生医療による治療技術の向上』?」

 カノン「ええ。それがミイラ男の正体だったんです」

 編集長「まあ、元は人間だからな」

 カノン「細胞によって出来た人間…まさに細胞ーグと言ったところでしょうか」

 編集長「うーん、47点」

 カノン「そこそこ悪い!」

 編集長「ところで…きみの姪が関わってたそうだが?」

 カノン「ま、助っ人のようなもんですよ…」

 編集長「でもテレビに出るんだろう?世紀の発見というか、まだ若い学生がやり遂げたんだからさ」

 カノン「あの子はそんなことしませんよ」

 

 天井から包帯が解けてくる

 

 マリー「また、巻いてあげるね」

 

 幕。