エレベータトーク

【あらすじ】

D社ビルはオフィスと商業施設を併設したビル。そこのエレベーターで働くスギウラ。そして、彼女達乗客に突っかかってきた元D社員・ウスイは、自らを人の心が読めると言い張る。地震で停まったエレベーターの密室で次々と人の心を実体化させ、本音を暴き出していく…

【登場人物】


  スギウラ(24)    

D(デラックス)デパートのエレベーターガール。明るく笑顔を絶やさない接客を心掛けている


  ジョウシマ(37)   

D社の営業部部長。

寡黙だが、仕事のできる男

  イシダ(31)     

D社の典型的お局OL。噂話が好き。

  ウスイ(26)     

D社社員。影が薄い。何十年もの使われた人や物の心を読むことができる

  

  ツヨシ(41)     

T(ツマブキ)社の若手社長。よき亭主関白

  タエコ(48)     

ツヨシの妻。D社の社長令嬢。

よき控えめな妻

  

  ジョウシマの心    

本人よりも欲に忠実であり、背伸びをし、

寂しがりや

  イシダの心      

本人よりも暗く、ヒステリックで

常に何かに怯えている

  ツヨシの心      

本人の内なる復讐心。

新入社員だった頃の風貌

  タエコの心      

本人の父への服従心。本人よりもかなり子供の様な言動をする

  

  子供         

Dデパートで買い物をしに来た子。

エレベーターガールが憧れのひとつ

  アナウンス      

無機質であり、他と干渉しない音声

  作業員         

エレベーター保守会社の作業員

 1

  

  アナウンス「心にも あらでうき世に ながらへば 恋ひしかるべき 夜半の月かな」

  

  エレベーターに3人の客が乗っている。閑静なクラシックが流れ、少しざわつくフロア内。そこへ停止音が鳴り、ドアが開く。扉から子供がペロペロキャンディを舐めながら入ってくる。スギウラはドアを押さえながら。丁寧な言葉で話す。

  

  スギウラ「何階をご利用ですか?」

  子供  「うさちゃんの、ぬいぐるみ」

  スギウラ「4階、おもちゃ売り場でございますね」

  子供  「(静かにうなずく)」

  スギウラ「かしこまりました。上にまいります」

  

  到着音。

  

  スギウラ「4階、おもちゃ売り場でございます…」

  

  扉が開いた瞬間に子供が駆け出していく。同時に2人の客が降りる。入れ替えに会社員の男が入る。

   到着音。ひとり降りていき、さらに上の階へ。

  

  スギウラ 「ジョウシマさん、おはようございます」

  ジョウシマ「ああ、おはよう。いつもの7階ね」

  スギウラ 「営業部ですね、かしこまりました」

  

  7階への到着音が鳴り、ドアが開く。

  

  スギウラ 「7階、D社オフィスでございます。いってらっしゃいませ」

  ジョウシマ「じゃ」

  

  ジョウシマがエレベーターから出ていく。

  

  アナウンス「本日は、デラックスデパートにお越しいただき、誠にありがとうございます。当店は地下1階・食品コーナー、1階・2階・婦人服売り場、3階・紳士服と生活雑貨、4階・おもちゃ売り場です。お食事、休憩の際は5階、レストラン・フードコートをご利用くださいませ」

  

   OLと会社員が乗り込む。OL、気にも留めずスギウラに話しかける

  

  イシダ 「スギウラさん、お疲れ様」

  スギウラ「イシダさん、お疲れ様です」

  イシダ 「今日も笑顔が素敵ね」

  スギウラ「ありがとうございます」

  イシダ 「お昼、まだ食べてないみたいね」

  スギウラ「十三時には交代でしたので、もうちょっとしたら、ですね」

  イシダ 「あら残念。うちの部長の話で盛り上がろうと思ったのに」

  スギウラ「ジョウシマさんがどうしたのですか?」

  イシダ 「最近ここの近くにケーキ屋さんできたでしょ?部長が仕事帰りに買って帰るのを見ちゃったのよ」

  スギウラ「意外ですね」

  イシダ 「でしょ?女関係には手を出さずにスイーツよ?花より団子ってことなのかしらね」

  スギウラ「疲れたから甘いもの欲しさに買って帰るだけだと思いますけど…」

   

  エレベーターが止まり、5階からジョウシマと一組の夫婦が乗り込む。

  

  イシダ  「部長!お疲れ様です」

  ジョウシマ「ああ、お疲れ」

  イシダ  「今日は帰りに買うんですか?ケーキ」

  ジョウシマ「何の話だ」

  イシダ  「買わないんですか?」

  ジョウシマ「イシダくん、また変な噂を立ててもらっちゃ困るな」

  

   スギウラ、不満そうな夫婦を気にする。ジョウシマも横目に気にする。まだ何か言いたげなイシダが慌てて黙る。

  

  スギウラ「…お客様、何階をご利用ですか?」

  ツヨシ 「(不満そうに)…1階」

  スギウラ「かしこまりました」

  ツヨシ 「(小さい声で)ふん、営業中に無駄口など職務怠慢も甚だしい」

  タエコ 「(小さい声で)ツヨシさん、プライベートでお仕事の話はやめましょうよ」

  ツヨシ 「タエコ、きみの父さんの会社だぞ。僕は喝を入れたくなるがね」

  

   その場にいた社員、凍り付く。

  

  タエコ 「お昼休みで休息中かもしれないじゃない。今日は仕事のしがらみを忘れて買い物しに来たのでしょう?」

  ツヨシ 「そうだけどさ(何か文句を言いたげに)」

  タエコ 「たまにはゆっくりしましょうよ。ね、あなた」

  ツヨシ 「そうだな」

  

   夫婦が寄り添う。周りの緊張も和らぐ。

   ガゴンと鈍い音と振動。体がよろめく。

  

  タエコ 「きゃっ」

  ツヨシ 「タエコ!」

  スギウラ「お客様、お怪我はございませんか?」

  タエコ 「え、ええ…」

  ツヨシ 「地震、か…」

  スギウラ「安全確認のため、少々停止致します」

  

   しばらくしてエレベーターが動き出す音。乗員に安堵の表情。

  いままでエレベーターの隅で黙り込んでいた会社員がカバンを抱えながらスギウラに近づく。

  

  ウスイ 「…このエレベーター、そろそろダメかもしれません」

  

   他の乗員がこの会社員の存在に驚く

  

  イシダ  「びっくりした…あなた、いたのね。ええと」

  ウスイ  「(ぼそぼそ呟く様に目線を外しながら)…ウスイです。イシダさん」

  イシダ  「あ、そうそう。ウスイくんね(スギウラに耳打ちしながら)この人、影が薄くて不気味なのよ。なんか陰湿な感じがするじゃない?」

  スギウラ 「そ、そうなんですか…」

  ウスイ  「エレガのおねえさん」

  スギウラ 「はい」

  ウスイ  「さっきの地震で安全装置の誤作動が生じています。保守会社に連絡したほうがいいんじゃないでしょうか?」

  イシダ  「(スギウラを制して)でも、ちゃんと降りるランプは出ているし、止まっているかんじもしないわよ」

  ウスイ  「それが誤作動なんです。エレベーター自体は動けないのに、無理に動かそうとしているんですよ」

  スギウラ 「わかりました。とりあえず非常連絡をとりますね」

  

   スギウラ、慣れた手つきでボタンを押し、保守会社と連絡をとる。乗員、騒然とする。

   この間にジョウシマは部署と連絡する。

  

  スギウラ 「連絡が取れました。すぐに作業員と救急隊が駆け付けて対応するとのことです」

  イシダ  「よかった…」

  スギウラ 「ところで、ウスイさん。どうして誤作動と分かったのですか?前にもこんな事態に遭遇した、とか」

  ウスイ  「(嬉しそうにはっきりとした声で)よくぞ聞いてくれました。エレベーターの心が読めたんですよ、おれ」

  

  (5人同時にウスイに視線を向けて)スギウラ 「え?」

  イシダ  「は?」

  ツヨシ  「なんだって?」

  タエコ  「はあ…」

  ジョウシマ「…?」

   2

  

  スギウラ 「…なぜ、エレベーターの心が読めたのですか?」

  ウスイ  「なぜ?そりゃあこうやって(ヨガのポーズをとりながら)いつものように心の中に話しかけたら、向こうから言ってきたのさ。『内部のシステムがやられて動けない』って。そしたら、『さすがに三十年は働きすぎか』とも言っていたがね」

  スギウラ 「(感心したように)まるで、エスパーみたいですね」

  ウスイ  「だろ?こうやって何十年と心が行き来する物には自然と意識や意思が生まれる。人間と同じさ。俺にはその本音が聞こえてくる。おいおいそんなに圧倒しないでくれよ。大したことないんだからさ」

  

   ウスイがひとり楽しそうにぼそぼそと何か言い続ける。

  

  イシダ  「(小声で)スギウラさん、こんなヤツほっときなよ。気持ち悪い」

  ジョウシマ「(ウスイの不気味な笑いをよそに)スギウラくん、救助はどれぐらいかかりそうなんだ?」

  スギウラ 「三十分は欲しい。と伺いました」

  ジョウシマ「そうか」

  イシダ  「(タエコに目配せしながら)…こんな時ぐらいしゃべってもいいですよね?」

  タエコ  「(聞いていたのか、と驚き)私は構わないのですが、主人が…」

  ツヨシ  「勝手にしてくれ」

  イシダ  「ありがとうございます!」

  

   イシダ、スギウラとジョウシマの話に割って入りジョウシマと話す

  

  タエコ  「やさしいのね、ツヨシさん」

  ツヨシ  「当然だよ」

  

   エレベーター内の緊張がほどいていく

  

  ウスイ  「(稲妻のように)スギウラさん!」

  

   ウスイの声に驚き、周りがシンとする

  

  スギウラ 「どうかしました?」

  ウスイ  「おれの話、聞いてないでしょ。信じてないでしょ。面倒な客と同じような対処でいいやって思ったでしょ。ねえ?」

  スギウラ 「そんな…信じていますよ」

  ウスイ  「ウソだ。ウソだね。あんたの心は空っぽだから信じちゃいない。じゃあどうやったら分かってくれるかなと考えたんだ。誰も俺のことを聞いてくれない、いままでだってそう。だけど、あんただけは興味を持ったからね。特別だ。おれの力を見せようか」

  ジョウシマ「(うんざりして)ウスイ、お客様や社員の目の前で余計なことをしないでくれ」

  ウスイ  「部長…アンタ、おれと違って頭も顔も何もかも勝ち組だからなぁ…前から気に食わなかったんですよ」

  ジョウシマ「口の利き方がなってないな。だからどうしたと言うんだ?お前に何を言われようと毛ほどにも感じないが」

  ウスイ  「そーゆーところがムカつくんですよ。手始めにアンタからだ」

  

  動かないはずのエレベーターが一気に急上昇を始める。

  同時にウスイが床に倒れこむ

  

  イシダ  「なにこれ?!どういうことよ!」

  ツヨシ  「エレベーターは故障してるんじゃなかったのか?!」

  スギウラ 「私にもさっぱり…」

  イシダ  「あんたがウスイにつっかかるからこうなってんでしょ!」

  

  アナウンス「12階、ジョウシマケンジの心です」

  

  エレベーターのドアが開く。黒い闇からジョウシマらしき男が入ってくる

  (♪ハンガリー舞曲第5番)→以下、♪

  

  ジョウシマの心「(タエコにすがりつきながら)うわあああ大好きだあああ」

  タエコ    「いや!離れて!」

  ツヨシ    「おい、タエコから離れろ!」

  ジョウシマ  「ウスイ、こいつをどうにかしろ!」

  

   ツヨシとジョウシマがジョウシマの心を無理やり引っぺがす

  

  ジョウシマの心「(息を切らしながら)まだだ、まだ抑えきれない!」

  

   もう一度タエコのもとへ床を這いながら行こうとする

  

  ツヨシ    「こいつ!」

  ジョウシマの心「タエコさん、タエコさん、タエコさん…!」

  ジョウシマ  「ウスイ!起きろ!こいつを何とかしろ!」

  

   ウスイ、ぱったりと倒れたまま動かない。スギウラやイシダもジョウシマの心にやめてと叫ぶ。

   タエコ、恐怖で声が出ず、そのまま畏怖の目でジョウシマの心を凝視する。その表情に気が付いたのか、

   ジョウシマの心はツヨシの腕の中で穏やかになる。

  

  ジョウシマの心「…取り乱して失礼、私ジョウシマの心は、タエコさん、あなたに私の愛を注いでいるのです。

  何分私は『人妻』が好きなものでしてね。人妻を見てしまうとたまらんのですよ」

  

   ジョウシマ、はっとする。改めて自分と同じ髪型、服、雰囲気、癖…

  

  イシダ    「…部長?」

  ツヨシ    「なんだと?ふざけるな!いきなり入ってきてこの変態め!それがこの男の本性だというのか!

          もし、本当だとしてみろ…社会が、僕が許すと思うか…?」

  タエコ    「ツヨシさん…」

  ジョウシマの心「(飄々とした顔で)もちろん、タエコさんを愛すことにあたって、タエコさんの夫であるあなたを愛す義務が私にはある。夫婦揃ってまるごと愛を注ぎたいのです」

  ツヨシ    「うるさい!赤の他人のお前なんぞに愛されてたまるか!もちろんタエコは渡さん!」

  ジョウシマの心「(演説するように)隣の芝生は青く見える様に、他人の物だからこそ、一定の信頼と価値があるのです。他人が食べているケーキが美味しそうに思えるのも、そういうことです」

  イシダ    「だからケーキを買って帰るんだ…」

  ツヨシ    「(ジョウシマに向かって)なあ、君、嘘だと言ってくれ。こんなものを見せられて悔しくないのか?」

  

  さっきまで黙っていたジョウシマの目の色が変わる

  

  ジョウシマ  「…そりゃあ、悔しいですよ。(今までとは打って変わった態度でウスイに向かって)ウスイ、貴様、私の唯一の愉しみをこんな常軌を逸したやり方で独り占めなど…(声を大にして)許せん!私の本心を悪用するとは、ウスイ貴様というヤツは!」

  スギウラ   「今ズバリ本音を言っちゃいましたね?」

  ジョウシマ  「え?あっ…誤解だよ、誤解!」

  

   ジョウシマ、エレベーターの隅に追いやられつつ、体でボタンを押してしまう

  

  アナウンス  「(ピンポーン)12階です」

  ジョウシマの心「いままでの付き合った人妻の数…」

  ツヨシ    「12回?!」

  

   周りが白い目でジョウシマを見る

  

  ジョウシマ  「いや、その、あれですよ。これはね、ホラ、別に表に出している物でもないのに無理やり引き出されたというか…(他に何か言いかける)」

  イシダ    「部長、もう何言っても取り返しつきませんよ」

  ジョウシマ  「(何かを決意し)…ええ、認めますよ。認めますとも!私は、人妻が、大好きです!」

  ツヨシ    「誰が認めるか貴様!(ジョウシマの襟首を掴む)」

  ジョウシマの心「やっと受け入れてくれたのか。これでもうこそこそする必要はないというわけだ」

  ツヨシ    「人の妻に手を出すのが許されてたまるか!例え心がそうだとしても行動が伴ったら立派な犯罪だろうが!(ジョウシマの心の襟首を掴む)」

  タエコ    「ツヨシさん、やめて…。この人は悪くないわ、この人自身が行動に移してない以上、心を抑制していたのでしょう?それに、誰にだって知られたくない事のひとつやふたつ、あるものよ」

  ツヨシ    「タエコ…」

  ジョウシマ  「タエコさん…」

  ジョウシマの心「タエコさん…」

  ツヨシ    「お前たちは黙ってろ!」

  タエコ  「悪いのは、この人の心を勝手に暴露した、あなたよ(ウスイを指し)」

  ツヨシ  「そ、そうだ、僕の妻になんてことを…」

  ウスイ  「(ゆっくり起き上がり)…悪い?いいも悪いもあるかよ。心は真実だけを言っているんだ。あんたたちも、思い知ればいい(再び倒れる)」

  

   エレベーターが急に動き出す

  

   3

  

  アナウンス「24階、ツマブキタエコの心です」

  

   タエコと同じ髪、服、の女が入ってくる。ジョウシマの心が楽しそうに「タエコさんの心かあ」と言いながら興味深そうにジョウシマの後ろにこっそり隠れる。♪

  

  タエコの心「そう、誰にだって知られたくないことのひとつやふたつ、あるわ」

  タエコ  「私の、心…」

  タエコの心「だってタエコ、パパが好きだもん。パパの言うことならなんだってするって決めたのよ」

  ツヨシ  「タエコ…?」

  

   タエコ、言葉を失いタエコの心をずっと見つめる

  

  タエコの心「(ツヨシに向かって)ツヨシさんって何でも人前で怒って、いつもあたしが後始末なのよ。そう思うと嫌だけど、パパの知りたいツマブキ社のことをたくさんしゃべってくれるんだから、これくらいガマンしなきゃね」

  ツヨシ  「なるほど」

  タエコ  「違うの…ツヨシさん」

  ツヨシ  「違う?往生際が悪いんじゃないか?今更ウソをつくなど…」

  タエコ  「ごめんなさい…私…」

  ツヨシ  「(吠えるように)謝って済むものか!馬鹿者!」

  タエコ  「…(歯を食いしばる)」

  タエコの心「ツヨシさん、あなたが何言おうとあたしは強いのよ。パパの為なら頑張れる子だからね」

  ツヨシ  「この回し者が…」

  タエコ  「…」

  ツヨシ  「何も言えないだろうなぁええ?言葉も心に頼らなきゃ出せないか?知られた以上、手も足も出ないだろうがなあ!」

  タエコ  「(ウスイの肩をゆすりながら)ねえ、この人の心を読んで!さあ早く!」

  

   エレベーターが急に動き出し、止まる

  

  アナウンス「29階、ツマブキツヨシの心です」

  

   ツヨシと同じ男が入ってくる。♪

  

  タエコの心「出てきたわね…」

  ツヨシの心「(冷笑を浮かべ)これでこの女の弱みを握った…。僕の野望が実現する!あの男の会社もこれで終わりだ!ハハハハ!」

  タエコ  「あの男?」

  ツヨシの心「憎たらしいお前の父親だよ。君には何の恨みもないが僕にはあるんだ。大変だったよ…父の事は良いことしか言わないのに会社のことは興味なさそうによくしゃべるもんなぁ…大したもんだよ」

  タエコの心「この…!(言いかけて)」

  タエコ  「あたしのことは何を言おうが構わないけど、父を侮辱するなんて許さない…」

  ツヨシ  「まぁ、そういうことだ、タエコ。終わったな」

  タエコ  「そうね、もう何もかもお互い知ってしまったんですもの。それも互いを利用し合って」

  

   二人に緊張が走る。心の二人は離れていき互いの傍に寄る

  

  ウスイ  「(さわやかに飛び起きて)さ、今度はイシダさんの番だ」

  イシダ  「は?なんであたしが」

  ウスイ  「まぁ、おれのことを好き勝手言ってくれましたねぇ…」

  イシダ  「それは本当のことを言ったからじゃない!そういうところが嫌いなのよ。よくこの状況で飛び起きてそんな事が言えるわね。あんた、人の仲を引き裂いたのよ!」

  ウスイ  「引き裂いてないですよ。もともとそういう仲だったんだから」

  イシダ  「だからって悪い方向にわざわざ向かわせなくてもいいじゃない!」

  ウスイ  「それ、あんたが言えることかよ(バタリと倒れる)」

  

   エレベーターがいままでより恐ろしい速さで昇る

  

  アナウンス「49階、イシダミナミの心です」

  

   イシダの心が入ってくる。ヒステリックな顔をしている。

  ♪と壊れたオルゴール、テレビの砂嵐、救急車のサイレンが混ざり、不協和音になる

  

  イシダの心「あたし、嫌われたくない」

  イシダ  「え?」

  イシダの心「あたし、嫌われることが怖いの。だからなるべく人が固まっているところに溶け込むの。それでその人たちが嫌いな奴を一緒に排除するとね、仲間だって思ってくれるのよ」

  イシダ  「なに…言ってんのよ」

  イシダの心「その中であたしが楽しく生きて居られるならそれでいいわ」

  イシダ  「やめなさいよ…」

  イシダの心「覚えてるわ…新人の子が妙に部長に近づくから気に食わなくて、その子がお茶運ぶ時に足ひっかけてやったの。そしたら見事にコケて、こぼしたお茶で顔やけどしちゃって、書類も水浸しよ」

  イシダ  「やめて…」

  イシダの心「さすがにちょっとやり過ぎたと思ったから書類のこと手伝ったの。みんな誰もあたしのことを悪く言わなかったわ。意識高い連中も『イシダは、口は悪いが仕事はできる』って何も言えないのよ。そりゃ、裏で努力する人間だもん。そう思われて当り前よ。だから色んな人と仲良くなって上の人ともお食事誘われちゃったりしてね」

  イシダ  「いいかげんにして…」

  イシダの心「(もう耐えきれないという表情で)おかげさまで、あたしが嫌いって言った奴はみんな嫌うのよ。すがすがしいわ。みんなあたしを嫌わないみんなあたしを…(言いかけて)」

  イシダ  「うっさいわね!やめろっつってんでしょ!」

  

   ウスイの持っていたカバンでウスイを叩くイシダ。鈍い音が鳴り響く。

  カバンからこぼれる、石の塊

  苦しそうにイシダの心は声なき悲鳴をあげてエレベーターから去っていく

  

  ウスイ  「(顔を上げて)ピャー」

  

   ウスイ同じようにパッタリ倒れる。♪カットアウト

  

  イシダ  「(息を切らしながら)あんた…知り過ぎよ。プライバシーもあったもんじゃないわ。あたしにこんなことしてタダじゃおかないに決まってんでしょ(周りの視線に気づく)あたし、別にそんなつもりじゃなかったのよ。でもみんなこいつにそう思ってたんでしょ?だから黙らせてあげたのよ。ホント、臆病者なんだから…やっぱりあたしはできる女だわ」

  スギウラ 「イシダさん、いくらなんでもやり過ぎですよ」

  イシダ  「何?あんたもあたしに刃向う気?あのねぇ、今までやってきたことを人前でべらべら喋られちゃたまったもんじゃないの。あんたはいいわよね、あたしのおかげでこいつに心を読まれなかったんだからさ。…何?何とか言いなさいよ。なんでみんな黙ってんのよ。ねぇ…(すがるように)」

  スギウラ 「何も…思ってないから、黙るんです」

  イシダ  「ウソよ。嫌な女って思ってんでしょ?」

  スギウラ 「(真っ直ぐ見据えて)嫌、と言ったら、何か困ることがあるんですか?」

  

   イシダ、言葉を失いフラフラとよろめき座り込む。誰も同情せず、批難もせず、互いを許すこともなく、

   誰一人と喋らず沈黙する

  

   4

  

  ジョウシマ  「(心が寂しそうに後ろに隠れながら)スギウラ、くん」

  スギウラ   「…はい?」

  ジョウシマ  「旦那さん、いる?」

  スギウラ   「独身ですけど」

  ジョウシマ  「そう。旦那さんできたら、教えて」

  スギウラ   「ジョウシマさん、かっこいいのになんで奥さんもらわないんですか」

  ジョウシマ  「一旦手に入れてしまうと自分だけに馴染んでしまうじゃないか。手に届かないくらいが丁度いい」

  ジョウシマの心「私は…失うのが怖い」

  

  ジョウシマとスギウラがその後話し始める

  

  タエコの心  「ツヨシ…さん」

  ツヨシの心  「なんだ」

  タエコの心  「言い訳になっちゃうかもしれないけど、あたし、養子なの。幼いころに引き取られてから今の父に大切に育ててくれたんです。小さい頃、あたしの本当のお父さんがどこか行ってしまって、母さんも病気で他界して、それで孤児院にいたんだけど、(徐々にタエコ)その時拾ってくれたのが父でした…。信じてくれないかもしれませんけど、父はあたしの恩人なんです」

  ツヨシの心  「僕も言い訳していいかな。昔、僕の親父は君の会社に勤めていて、社長の側近だったんだ。だけど、ある時、会社の不祥事の責任を全部引き受けて辞職したんだ。(徐々にツヨシ)幼いながら、親父が悪いことをしたわけじゃないのに会社の誰かがやった後始末を親父だけが背負って、それでものうのうとしている会社が、社長が、気に食わなかった」

  タエコ    「ツヨシさん…私、知らなかったわ。あなたのお父様がいたから、この会社がまだ続いているのに…ごめんなさい」

  ツヨシ    「タエコは何も悪くないよ、君のことを知らないのに酷いことを言ってしまった…」

  タエコ    「正直にあなたの口から話してくれてありがとう、ツヨシさん」

  ツヨシ    「こちらこそ、悪かった…辛い思いをさせてしまったな…」

  

   ツヨシとタエコの心が互いに惹かれ合う

  

   ガチャンと鈍い音

  

  作業員  「大丈夫ですか」

  

   作業員、エレベーターのドアをこじ開け辺りを見回す

  

  作業員  「ありゃあ、酸素が薄くて気絶しているのか(外に向かって)おおい、早く来てくれ、二人倒れてるぞ。お待たせしました。さ、ここから離れましょう」

  ツヨシ  「タエコ、帰ろう」

  タエコ  「はい」

  

  二人はエレベーターから出ていく

  

  ジョウシマ「スギウラくんも一旦ここから出よう」

  スギウラ 「私は…まだ仕事中ですから、持ち場を離れるわけにはいかないのです」

  ジョウシマ「そう。…頑張ってね」

  スギウラ 「…はい」

  

   ジョウシマが出ていく

  

  暗転し、作業員や救急隊の声が聞こえる。イシダやウスイが運び込まれる。

  イシダは「嫌わないで…嫌わないで…」と呟きながら運ばれる。ウスイは一言もしゃべらない

  

  

  

  

  

   5

  

   明転。スギウラ一人がエレベーターに残る。無表情に近い疲れた顔

   そこに作業員が入ってくる

  

  作業員 「…君はここのエレベーターガールかい?」

  スギウラ「はい」

  作業員 「番号は?」

  スギウラ「S‐318です」

  作業員 「そうかい。君は第三世代か。よくこのモデルでここまでもったよ。でも、もうダメみたいだね。外身は大丈夫そ

  うだが、中がやられてる。おかげで笑顔もいい感じに出ない…。相当内部の損傷が激しいようだ」

  

   作業員が険しい顔をするが、優しい顔になる

  

  作業員 「しかし安心してくれ。うちの会社に連絡して新しいモデルに取り替えるから。きみはゆっくり休みなさい」

  スギウラ「…」

  作業員 「なぜそんな悲しい顔をするんだい?むしろ喜ぶべきだ。ここの社員や客に不具合を見られたらどうする?君だけ

  じゃなく他の連中も辛い思いをするんだぞ」

  スギウラ「クビ…ですか?(思い出したように)ずっと働けることは心が空っぽだからですか…?」

  作業員 「君にはもともと心が無いんだからしょうがないだろう。内部プログラムの寿命はいつか来る」

  スギウラ「そんな…もし、心があったら…」

  作業員 「心を入れちまったら、こんな仕事、すぐストレスになって逆に壊れちゃうんだよ」

  スギウラ「それなら大丈夫です。どんなクレームや横柄な態度や汚い言葉にも耐えます。真心を込めたサービスを…」

  作業員 「(真剣に)私は君が完全に壊れるまで働かせたくないんだ。理解しがたいと思うが、分かってくれ…(やさしく)充分、頑張ったよ。ありがとう」

  スギウラ「…お疲れ様、でした」

  

   スギウラ深々と一礼する

  

  作業員 「毎日毎日休みなしに働くなんて…これが昔の人間が普通にしてきたことだと思うと恐ろしい。いい時代に生まれたもんだよ…」

   作業員去ろうとする

  

  スギウラ 「待ってください。私が壊れる前に、心を入れてください」

  作業員  「なんだって?そんなことすると増々劣化が進むぞ」

  スギウラ 「いいんです。せめて動かなくなる前に、自分の心と…話がしたいんです。この場所で!」

  作業員  「…本当にそれでいいのか?」

  スギウラ 「はい。お願いします」

  

   暗転。閑静なクラシック。

  

   明転

   エレベーターには「エレベーター故障中の為、改装工事中です」の紙が貼られており、使えないようになっている

   エレベーター前に通りかかる子供、エレベーターをじっと見つめ、去っていく。

  

  アナウンス「我々は世間という見えない心と一緒に生きています。その世間の為に心を消費し、偽ってまで清潔さを保とうとします。不思議なものです。」

  

  スギウラ 「私、いままで何のために働いてるかなんて考えたことなかった。生きるため?生きるために仕事をして、その後が空っぽ…だから何もなかったのね。でも、今は違う」

  

   エレベーターが再び開き、ミラーボールが輝く。軽快なディスコが流れ、ノリノリに踊る仮面を被った乗客とその心。

   そこに訪れるスギウラ。周りが歓迎し、酒を飲んだり、シャボン玉を吹いたりしている

  

  アナウンス「今日はその世間と心置きなく踊ろうじゃありませんか。今夜だけは、お騒がせ致します」

  スギウラ 「私はロボットなんかじゃない!私にだって心はある!酷いことを言われたら傷つく!笑顔なんて毎日作れない!朝から晩まで同じ服を着てしわがれた顔をなんとか化粧で隠して!色んなことを仕事だから我慢してただけ!こんなに辛いと思うなら、こんなに苦しいと思うなら、仕事なんてしたくない!」

  アナウンス「それが、あなたの本音です」

  スギウラ 「…そう。初めて心が満たされた気がする」

  

   スギウラの満足そうな笑い声が響く。

   口々に「本音」を言ったり、それが歌のようになる。徐々に暗転

  プツンと音がして、無音になり完全に暗転する