それでも部屋は記憶する

【あらすじ】

その部屋は記憶する。例え、何があっても。


3人の友情は部屋の中で構築され、崩壊していく

誰も望まない、誰も願った、あなたとの”繋がり”

 【登場人物】

 I…女。男女ともに友人がいる。友達に男女は関係ないと思っている

 K…男。彼女がいる。Iのことをキープしている。2人とは学生時代からの付き合い

 Y…男。女性恐怖症。Iに知られたくないがKには知っていて欲しい。触られると怖い

【本文】

 

 いかにも女の子の部屋に低いテーブルを囲み、正座をしてじっと待っている。

 舞台正面中央にはテレビが置いてあり、それが2人の気を紛らわす音になっている。

 上手にはソファ、下手にはタンスが配置されている。

 暫くテレビの音声だけが明るく賑やかに、だがしかし虚しく聞こえてくる。

 2人は真顔で何か固い意志を持って座っているようだ。

 正面奥の部屋の扉裏で、Iの声が聞こえる

 

 I「飲み物麦茶しかないけどごめんね~!」

 Y・K「いえ、お構いなく!」

 

 暫く沈黙が続く

 

 I「楽にくつろいでていいからね~」

 Y・K「はーい」

 

 沈黙が続く

 

 お盆に3人分のコップを乗せて部屋にIが入ってくる

 

 I「お待たせ~。なんだか急に呼び出しちゃってごめんね!」

 

 テーブルの上にコップを置く

 

 I「で、呼んだ理由なんだけど…これ」

 

 ゲームカセットを見せびらかすI

 

 K「…ゲーム?」

 I「そ!ホラーゲーム!」

 Y「『ルーム』…」

 I「ね!面白そうでしょ!」

 K「へぇ…」

 I「何?怖いの?」

 K「別に怖くないけど」

 Y「おまえゲーム得意じゃなかったっけ?」

 K「それは格ゲー専門だよ」

 

 テキパキとゲームのハード機をセッティングするI

 

 I「やっぱさ、夏はホラゲでしょ」

 

 ゲームの起動音とともに不気味な音がテレビ画面から響く

 

 K「おまえコントローラー持たないの?」

 I「あ~こうゆうの見てる方が楽しいから!二人プレイだから男二人だけでやって」

 Y「えっ」

 I「ほら、始まるよ!」

 

 しぶしぶコントローラーを持つY

 「部屋から抜け出し、合流せよ」の文字が点滅する

 画面にはおどろおどろしい雰囲気の檻のなかに主人公たちがそれぞれ捕まっており、

 辺りは薄暗く、くすんだコンクリートの床より先は真っ暗闇である

 

 K「はー、脱出ゲーかぁ」

 Y「最初から別行動ねぇ…」

 

 鍵が落ちているか探すK

 不意にスイッチを作動してしまうY。

 

 Y「あっ」

 K「どうした?」

 Y「床が抜けて落ちた」

 

 Yが落ちた先には黒い虫が無数に湧いている

 

 I「うわぁ…なんなの…気持ち悪」

 

 Yが虫を振り払おうとしていると、看守らしき血で滴った人間だった者が

 低い呻き声とともに近づいてくる

 

 I「ああああ!後ろから来てる!後ろから来てる!来てるって!」

 

 Yの操作するキャラクターに襲い掛かる看守

 

 I「あっあっうわっあーっ!」

 

 Iが恐怖のあまりYにしがみつく

 Yはしがみ付かれたことにビクっと驚くが、周りに悟られないように平静を装っている

 それを横目で見るK

 Yの画面が赤黒くなり、「リトライ」画面が映し出される

 

 Y「あ、死んだ…」

 K「残機とかないのかよ…」

 Y「オートセーブなんじゃない?」

 I「(荒い呼吸をしつつ)何アレ…怖すぎ」

 K「初見殺しでしょ」

 

 Kは部屋の中にあった木箱から鍵を見つける

 

 K「よっしゃ、鍵ゲット~」

 

 鍵で檻についている南京錠を外そうとするK

 

 K「なんだ、案外あっさりしてるな」

 I「でも絶対この後なんか襲ってくるでしょ」

 

 南京錠を解いた瞬間、画面がブラックアウトする

 K 「え、クリアー?」

 

 Kの操作キャラクターの周りには物一つなく真黒な空間がただ広がっている

 

 K「なにこれ」

 Y「そうゆう仕様じゃないの?」

 I「あーもう無理無理無理」

 K「バグでこれるデバッグルームか?」

 Y「にしては何もなさすぎる」

 K「そっちはどうなんだよ」

 

 最初からやり直したYが白い檻の中で操作キャラをぐるぐる回す

 

 Y「なんか突拍子もないゲームだな」

 K「バグに近い演出ってやつだな。よくあるだろ?画面にわざとノイズ掛けたり、

 強制的にリセットの効果を出したり」

 I「ほんとやめてほしいわ~」

 Y「ちょっとやってみる?」

 I「え~、また追いかけられたりするの嫌なんだけどなぁ~」

 K「せっかく買った本人もやってみなよ」

 I「う~ん」

 

 しぶしぶYのコントローラーを握るI

 白い檻の中には意味ありげに階段が設置されており、あきらかに進めと言わんばかりに階段の周りには花壇に矢印が添えられている

 

 I「これ、進めってことでしょ」

 

 階段をどんどん降りていくが、先が見えない

 

 I「もしかしてループしてない?」

 

 戻ろうとするI、いままで降りてきた階段が薄く消えかかっている

 

 I「え、え、戻れないじゃん」

 

 仕方なく階段を降りるI

 そこに降りてきた階段から無数の手が不吉な音楽とともに暗闇から伸びてくる

 

 I「ああ‼あっ!なんかきてるぅ!」

 K「出口!出口見えてきた!」

 Y「急いで急いで」

 I「やだやだやだ!うわーーー!

 あっあっあーーーー!やだやだやだやだやだやだやだやだ

 くんなくんなくんなくんなくんな!」

 K「早く逃げて逃げて」

 

 階段の先にあるドアを開く。ガチャンと戸を閉める音がしたあと、扉の向こうは静かな暗闇が広がっている

 I「入れた…」

 K「やったか?」

 I「え、操作が利かないんだけど!動けないんだけど!」

 

 再びドアが開き、無数の手に引きずり込まれる

 

 I「あ―――――――!」

 

 Iが絶叫しすぎて呼吸が苦しくなる

 

 I「…やだ…こわ…」

 Y「(Iを見て)迫力がすごい」

 K「どう?」

 I「無理…これは無理だわ」

 

 麦茶を一気に飲み干すI

 

 I「ちょっと外の空気吸ってくる…休憩休憩」

 

 満身創痍でIがフラつきながら部屋を出る

 再び2人きりになる。

 

 しんとした部屋でKが沈黙を破る

 

 K「ねぇ、どうなの?」

 Y「なにが?」

 K「Iのことだよ」

 Y「どうって?」

 K「羨ましいよな、べたべたされちゃって…」

 Y「…」

 K「…満更でもないってかんじか」

 Y「いや…」

 

 K「へぇ…」

 Y「お前彼女いんだろ。それぐらい日常だろ?」

 K「ん~、あいつとはまた感じが違うっていうか…あいつはあんなにキャーキャー言わない」

 Y「へぇ…」

 K「そこがまた新鮮なんだよ」

 Y「はぁ」

 K「おまえには分からないよな~」

 Y「別に分からなくていいし」

 

 不穏な空気の中にIが入ってくる

 

 I「あ~スッキリした~!お待たせ~」

 

 ピリッとした空気の察したのか、一旦戻り、部屋の外にある冷蔵庫から缶ビールを持ってくる

 

 I「まあまあこれでも飲んでゆっくりしましょ~」

 

 2人はあごで礼をすると黙々と酒を胃に入れる

 

 I「や~怖いけど面白いね~」

 K「一番ビビってるのお前だろ?」

 I「そうだけどさ、1人でやるのと全然違うね。やっぱ安心感があるよ」

 K「よく分かってんじゃん」

 I「だってゲームはみんなで楽しむもんでしょ?」

 Y「(ぼそっと)みんなで…」

 I「ね~拗ねないでよ~」

 Y「拗ねてないよ」

 I「え~?ほんと~?」

 K「…」

 

 酒の入ったコップに一口つけるI

 

 I「だってまさか予定が合うなんて思わなかったんだもん。

 久しぶりにこうして揃って遊べるなんて」

 Y「まあ、そうだけど」

 I「もしかしてなんかあったの?」

 Y「いや、特には…」

 I「なら良かったじゃない」

 K「Iはなんかあったのかよ」

 I「ん~あたしも特には(笑い)」

 K「ないのかよ(笑い)」

 I「(Kに)そっちは上手くやってるの」

 K「まあ一応」

 I「へえ~じゃあ2年目突入か~」

 K「まあね」

 I「仲良くいってるなら良かったじゃない」

 

 間

 

 K「Iは好きな人いないの?」

 

 ドキっとするI

 

 I「え~っここで聞いちゃう?」

 K「気になるでしょ」

 I「(少し考え、明るく)いたら2人を誘うわけないじゃーん!」

 K「だよなぁ~!」

 

 不意にIのケータイに着信が入る

 

 I「ごめん、ちょっと出るね!」

 

 急いで部屋を出ていくI

 部屋を完全にではからったのを確認し、Yが口を開く

 

 Y「…ねぇ」

 K「なんだよ」

 Y「お前だけには言っておくけどさ」

 K「(全てを分かったように)なんのことだよ」

 Y「だめなんだ。触られるの」

 K「え?」

 Y「女の子に体を触られるの、ダメなんだよ」

 K「…なんで?」

 Y「なんでって言われても…アレルギーみたいなもんだと思ってる」

 K「そうか…」

 Y「どう思う?」

 K「どうって?」

 Y「向こうは悪気があってやってるわけじゃないんだ。だけど…」

 K「そんなに深刻になるなって」

 Y「…」

 K「まあ分かってくれるさ」

 Y「お前には分からないだろうな」

 K「別に分からなくていいよ…(深呼吸)」

 Y「なんでちょっとニコニコしてんの?」

 K「え~?」

 Y「好きなの?あいつのこと好きなの?」

 

 どやっとした顔を横に傾け「さあてどうでしょう」と表情で返すK

 顔に書いてあるとはまさにこのことである

 

 Y「え?好きじゃん。好きって事でしょ!彼女いんのに!」

 K「ばれなきゃいいの!確固たる証拠がなきゃ大丈夫なの!」

 Y「(今までで一番でかい声で)はぁ⁈」

 K「そういうもんなの!だって昔から大好きだったし!」

 Y「じゃあなんで他の女と付き合ってんだよ!」

 K「なんで?好きだからに決まってんじゃん」

 Y「は~さらっと言うねぇお前!」

 K「付き合った経験がないやつに言われたくないね!」

 Y「お前みたいな女好きと一緒くたにされても困るんですけど!」

 

 二人とも立ち上がり興奮気味のところへ、Iがしれっと戻ってくる

 

 I「あ~お待たせ~(2人の様子を見て)どうしたの?」

 Y「こいつが…」

 K「(Yの口を挟み)昔話に花が咲いてテンションあがっただけだよ~!

   (Yに察しろと言わんばかりに)な?」

 Y「(むすっとして目を逸らす)…」

 I「え~混ぜて混ぜて~」

 

 Iの肩に手を回すK。Yに見せびらかすように

 

 K「学生の頃はさ、大変だったろうけど、なんだかんだ楽しかったよな。あのクラス」

 I「ん~、傍から見れば面白いクラスだったかも。今だから言えるけど」

 Y「こうして毎日芝居に打ち込めたもんな」

 

 突然、「ハムレット」の芝居が始まる。第1幕8場より

 オフィーリア役のIが祈祷書を読みながら扉を開け歩いてくる

 ハムレット役のKがしばらくしてソファから登場する

 それをこっそり見るように王役のYがタンスに隠れている

 

 K「森の妖精、僕の罪も祈ってくれ」

 I「殿下、最近お体の調子は?」

 K「おかげで元気だ」

 I「いただいたもの、ずっとお返ししようと。お受け取り下さいまし」

 K「何もやった憶えはない」

 I「そんな!優しいお言葉を添えてくださったから嬉しくて、

 その香りが消えた今は必要ありません。どうぞ」

 K「お前は貞淑か?」

 I「私が?」

 K「美しいか?」

 I「なぜそんなことを?」

 K「お前が貞淑で美しいなら、その二つは一緒にさせないほうがよかろう」

 I「美しさと貞淑は、良い取り合わせでは?」

 K「いや、美しさが貞淑な女を不倫に陥れる」

 I「…」

 K「…おまえを愛していた」

 I「私も…そう信じておりました」

 

 KはIにキスしようとする。その閉じた瞼に向けて言葉を吐く

 

 K「残念だな。愛していなかった」

 I「そんな」

 K「尼寺へ行け!なぜ罪深い人間を生みたがる?おれはこれでもまっとうなつもりだが、

   それでも母が産んでくれなければよかったと思うほど罪深い人間だ。倣慢で、執念深く、野心満々、想像だけでまだ実行できぬ罪を抱えている。そんな男が天地を這いずり回って、一体何ができる?おれたちはみんな悪党だ。誰も信じるな!尼寺へ行け!親父はどこにいる?」

 I「家に」

 K「では閉じ込めておけ!外で馬鹿な真似をしないようにな」

 I「…」

 K「もし結婚するというのなら、持参金代わりに呪いの言葉をくれてやる。お前が氷の様に貞淑で、雪のように清純でも、世間は何かと非難したがる。女なぞつまらんものだ!どうしても結婚したいというのなら馬鹿としろ。利口な奴は結婚なんてしないからな。おまえたち女は、顔を塗りたくり、神から授かった顔を作り変えてしまう。尻を振り、甘ったれて『知らなかった』などとぬかす。

   もう我慢できん!おかげで気が狂った!ええい、結婚などこの世から消えてなくなれ!すでに結婚している者は生かしておいてやる。あの一組以外はな!他の者は生涯独身でいろ!…さあ、ゆけ。尼寺へ!」

 

 贈り物を投げつけ、Kが退場し、ソファの上へ。Iは跪き悲痛な声を上げる

 Yが出てくる

 

 Y「恋?違うな。話すことは脈絡を欠いてはいるが、狂気とは思えん。危険だな、このままでは」

 

 ここから本人たちの即興劇が始まる

 

 I「では、どうしたら…」

 Y「イギリスへ行かそう」

 I「イギリスへ…?」

 Y「ああ。貢物の使いとして、だ」

 K「おれを外国に飛ばして遠ざけようだって?」

 Y「なぜ貴様がすぐに出てくる!」

 K「恋の翼ならどんな塀だろうと軽く飛び越えてしまうのです」

 Y「おまえはロミオか!」

 K「(Iに)言っただろう?お前を愛していた、と」

 I「それはどういうおつもりでおっしゃっているのかしら」

 K「(素に戻り)昔から、好きだったんだよ…」

 I「え…」

 K「本当は好きだったんだ。やっぱり忘れられなかった」

 I「彼女はどうすんの…?」

 K「すっぱり別れるさ。実はすっごく倦怠期だったし」

 I「…」

 

 とてもいい雰囲気になる

 

 I「友達じゃダメなの?」

 K「エッ」

 I「友達にしか見えないよ…言ったでしょ?友達じゃなきゃ誘わないって」

 

 スッとKの元から離れYの方に行くI。言葉を失うK

 

 I「あたしの為に別れるなんてそんな…」

 

 近づいてきたIに静かに怯えるY

 

 I「(Yに)なんか今日のKっておかしいよね?」

 Y「(IがYの腕を組もうとして) あっあっうわっあーっ!」

 I「(仰天し)どうしたの?」

 

 気づかずIが再びYの腕を組もうとする

 怖くても大きい声を出せまいとするY。耐える表情

 

 Y「(あ―――――――!)」

 I「…大丈夫?」

 Y「う、うん。何でもないんだ」

 I「じゃ、気を取り直してゲームを続けよっ?」

 Y「そ、そうだね」

 K「お、おれちょっと見る専でいいや」

 I「ふーん、わかった~」

 

 Yの腕にしっかりとIの腕が絡まっている。四肢の痺れと凍り付く感触がYを襲う

 

 I「あ、鳥肌立ってる。…もしかして」

 Y「(ゴクリ)」

 I「…くすぐったいの我慢してるでしょ!」

 Y「そうじゃなくて!」

 I「えいっ!こうしてやる!(Yにくすぐる)」

 Y「やめてっ!やめろってば!」

 

 傍から見ると3人はゲームを楽しみ、じゃれあう友人同士に見える

 

 3人の声や生活音と重なるように徐々にゲームの音声が強くなっていく

 ゲームの音から合間合間にノイズ音が入ってくる

 ゲームの音が壊れた気味悪い音に変わっていく

 照明も徐々に暗くなっていき「プツン」とリセットボタンを押したSEと

 同時に照明がカットアウト

 しばらくして誰もいない部屋にスポットが当たる

 幕