2人のヴィルゴ

【あらすじ】

もし、あなたが選ばなかった青春があったなら。

これは二人の乙女が葛藤し前進する、終わりの話。

【登場人物】

 J(ジュン) まだ一度も青春をしていない女子高生。

 K(ケイ)  ジェイソンの仮面を被った女子高生。

 

【本文】

 

 黒く目立たないブレザーを着た少女は真正面に立ち、声を張り上げる。後ろに仮面を被り、セーラー服を着た少女が立っている

 

 J 「誰かが言ったのだ。『少女は美しくなければ』と。

 誰かが叫んだのだ。『少女は撫子の花なのだ』と。

 誰かが吠えたのだ。『少女は恥じらいを持て』と。

 口を揃えて『乙女の純血を絶やすことなかれ』と。

 顔を白く塗り頬を桃に染め口に紅を添えて、

 黒土の様な目を光らせて、大人になれ。大人になれ。大人になってしまえ。誰かが誰もかれもが、私にそう囁くのだ」

 K 「(Jと入れ替わる様に)大人になれ。大人になれ。大人になってしまえー」

 J 「なぜ大人は邪魔をする?」

 K 「なぜ大人は簡単に言葉を投げつける?」

 J 「大人は邪悪だ」

 K 「大人は汚い」

 

 2人「大人になんてなりたくない」

 

 K 「化粧の仕方だって分からないのに」

 J 「だからそんなの被ってるわけ?」

 K 「恥ずかしいの!マスクみたいなもん」

 J 「あぁ、風邪ひいてないのにマスクつけてるヤツと同じだ。

    自分に自信がないんだ」

 K 「あんたは自信があってダッサイ制服着てるわけ?」

 J 「校則なの!不可抗力よ!」

 K 「ひざ下スカート白ソックスでお葬式みたい」

 J 「好きでこんな制服着てるわけないでしょ!」

 K 「あーあ。制服で学校を選ばないヤツの末路ね」

 J 「どうせ3年間でしょ。ガマンしてやるわ」

 K 「そうやって何でもガマンガマンって。だから『青春』も去っていくのよ」

 J 「今なんて言った?」

 K 「青春が過ぎてくっつったのよ」

 J 「終わる…」

 K 「残念だったわね、タイムリミットよ」

 学校のチャイムが鳴り響く

 F1のレースカーが一台、また一台と轟音を立てて去っていく

 

 J 「嫌だ。嫌だ。あたしの青春が去っていく」

 K 「来たこともないくせに」

 J 「…自分が好きになれない」

 K 「ジュンは可哀想。可哀想な女の子。悲劇のヒロインに浸ることでしか、自分を表現できない女の子」

 J 「やめて」

 K 「やめない。何度も夜に来るフラッシュバックだって、嫌な思い出が消化不良を起こして無意識にやってくる」

 J 「やめてやめてやめてやめてやめて」

 K 「声をあげたって、誰もあんたの記憶には助けてくれない」

 J 「やめてったら!」

 K 「それでも、あんたは汚い大人に、邪悪な大人になることを選んだ。…いや、選ぶしかなかった」

 J 「学生生活が人生の終わりだとしたら、それはウソよ。青春は、もう一度あたしの前にやってくる」

 K 「あんたは遅れてきた青春を味わって…ブームの去った映画を借りて見ているようなもんだわ。周りはみんなお金お金仕事就職…」

 J 「あたしは卒業していままでガマンしていたことを思いっきりやるの。髪を染めて、パーマをかけて、爪を鮮やかにして…服だって東京にあるオシャレな服を買って」

 K 「いままでモノトーンしか着ないあんたに色のセンスなんてあるの?」

 J 「花柄のワンピース、ヒールの高いパンプス、青いカーディガン」

 K 「ぎこちない足で、こけるわよ」

 J 「でも、足が細く見えるのよ?」

 K 「歩き方が変なのよ」

 J 「足痛っ」

 K 「部活で鍛えられたふくらはぎがパンパン」

 J 「運動部を舐めてもらっちゃ困るんだけど」

 

 ブラジル体操を始めるJ

 

 K 「何その動き」

 J 「ブラジル体操」

 K 「なぜにブラジル体操?」

 J 「これを毎日毎日やらされていたの。他の部活にどう見られようと、この基礎練習があって今のあたしがいる。この筋肉は勲章よ」

 K 「だからそーゆー考え方だからオジサンって言われるの!」

 J 「青春と引き換えに部活に尽くさなかったあんたとは違うのよ、ケイ」

 K 「…言いたいことがあるならいいなさいよ」

 J 「あんた隣のクラスの男子と付き合ってたじゃない」

 K 「それが何なのよ」

 J 「でも、なんで別れたか知ってる?」

 K 「は?」

 J 「あんたは部活も勉強も差し置いて彼氏にべったりだったからよ」

 K 「それがあたしの青春だったのよ」

 J 「いいわよね。二人でベタベタベタベタ、自分の幸せはみんなの幸せの様にしてて」

 K 「あたしの幸せに文句あるわけ?」

 J 「文句があったのはあんたの彼氏よ。あいつは部活だって頑張りたいし、進学の為の勉強だってしなくちゃいけない。あんたに構ってる暇なんてなかったのよ」

 K 「やめて」

 J 「やめない。しまいには倦怠期をクラスメイトにぶちまけて、いい迷惑だわ。女子と話しているだけで嫉妬の対象だもの」

 K 「やめてやめてやめてやめてやめて」

 J 「声をあげたって、誰もあんたの不幸せには構ってあげられない」

 K 「やめてったら!」

 J 「それでも、あんたは邪魔をする大人に、簡単に言葉を投げつける大人になることを選んだ。…いや、選ぶしかなかった」

 K 「あたしの青春が終わる、終わってしまう…」

 J 「それで、あなたは仮面を被ったってわけね」

 K 「あなたもこれから大人になるんでしょ?制服を脱ぐんでしょ?」

 J 「夢だけ見てても現実をみなきゃ」

 K 「生きてるだけで疲れるってつくづく思うわ」

 J 「人の欠点ばかりが目に付くんでしょ?」

 K 「あんたもそうじゃない」

 2人「あんたはあたしが選ばなかった道」

 J 「これで本当にお別れよ」

 K 「お別れね」

 J 「分岐点なんていくつもあるものよ」

 K 「あんたは生き残りなさいよ」

 J 「人の事より自分の事でしょ」

 2人「次こそは、選んでやるんだから」

 

 枝分かれした道が大樹の枝葉の様に光っている。

 その一つに向かって二人は歩き出す。

 ひとりはブレザーを脱ぎ、ひとりはリボンを解き、

 仮面をとり、投げ捨てる

 

 「仰げば尊し」が流れ、桜の花びらが舞う