【あらすじ】
6月10日は時の記念日。6月10日に囚われたとある学生は、1日を彼なりに満喫することで様々な人と出会い別れ、繰り返す今日に希望を見出す。一方、精神科に通う会社員が調子に乗って医者の前に持ち出したのは、好きな日にちを選び、その日の幻覚を見せる薬品だった。
【登場人物】
学生1…巻き込まれ体質。話の主軸的存在
学生2…学生1の友人。学生3とできている
学生3…学生1に好かれている。堅物な性格
会社員…時間に追われるセールスマン。
Tの販売員
医者…会社員唯一の癒し。
本業はカウンセラー
医者助手…ちょっと一言多い助手
誕生日の人…言うことは正しいが
常軌を逸している
父親…出産イベント初体験の父。
どこか抜けているがご愛嬌
命日の人…事あるごとに死に直面する。
が、常にポジティブ
T…公平に時を監視する者。
軍人の様な出で立ち
通称・タイムキーパー
~第一幕
【六月十日前】
診察室。医者と会社員。
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医者 「(カルテを見ながら)では、今日の診察は終わりです。お疲れ様でした」
会社員 「ありがとうございました」
医者助手「また定期的にお話に来てくださいね。それがあなたの処方箋ですから」
会社員 「はあ…」
医者 「あまり深く考える必要はないですよ。会社帰りにふと思い出したら立ち寄ってください。治ったと思えば、もう来なくていいんですし」
会社員 「そういうものですか…」
医者 「そういうものですよ」
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【六月十日】2回目
学生1の部屋。学生1、目が覚める。目覚まし時計を見、学校へ行く支度をする。
準備が整った後、ドアを開けて出ていく。
Tが持つボード(六月十日8時46分)
教室。学生1、学生2、挨拶を交わす。
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学生2「なぁ、今日が何の日か知ってる?」
学生1「あれ、それ前も話さなかったっけ?」
学生2「いや、まだ話してないけど?」
学生1「ああ、あれじゃないのか」
学生2「お、思い当たる節があるにはある?」
学生1「あるけど…何の日だったかは忘れた」
学生2「では正解を…今日は『時の記念日』!」
学生1「『時の記念日』!」
学生2「なんだよ、思い出したような顔しちゃって」
学生1「それ昨日も言ってなかったか?」
学生2「え?」
学生1「今日何日だ?」
学生2「六月十日…」
学生1「おかしいな…こんなやりとり、前にもあったような」
学生2「ひょっとしてデジャヴかな?」
学生1「かもな」
学生2「お、もう授業始まるぜ」
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チャイムの音。授業が始まり、授業が終わる。
Tが持つボード(六月十日8時46分→16時2分)
放課後。学生1は学生3の方を少し気にする。学生3は読書中
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学生1「よ、帰ろうぜ」
学生2「ごめん、今日ちょっと用事があるんだ。先帰っててくんない?」
学生1「お、おう…じゃあまた」
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学生1が帰る。学生3、反対方向へ帰る。学生2、学生3の方へ歩いていく
学生1の方向にTが歩いていく
学生1、会社員上下から歩いてくる。横断歩道で並んで止まる。(車が行きかう音)
会社員、仕切りに腕時計やカバンの書類をチェックする
学生1、暇そうにスマートフォンをいじる
会社員、学生1の方をチラっとみる。学生1余裕の表情。
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会社員「(いいなあ、学生は暇そうで)」
学生1「(やっべ、信号が青に変わった)」
(鐘の音)
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(横断歩道のメロディ)学生1、会社員同時に歩き出す。暗転。
【六月十日】3回目
学生1の部屋。学生1、目が覚める。目覚まし時計を見、学校へ行く支度をする。
準備が整った後、ドアを開けて出ていく。
Tが持つボード(六月十日8時46分)
教室。学生1、学生2、挨拶を交わす。
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学生2「なぁ、今日が何の日か知ってる?」
学生1「今日もその何の日って」
学生2「今日も?」
学生1「時のなんちゃらじゃないのは分かる」
学生2「なんだよ、知ってたのかよ」
学生1「『時の記念日』だっけ?」
学生2「そう!」
学生1「知ってるも何も…おまえが昨日言ってたじゃないか」
学生2「言ってないよ」
学生1「最近そればっかりじゃないか」
学生2「いや、今日が初めてだって」
学生1「今日何日だ?」
学生2「六月十日…」
学生1「おかしいな…こんなやりとり、前にもあったような」
学生2「ひょっとしてデジャヴかな?」
学生1「かもな」
学生2「お、もう授業始まるぜ」
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チャイムの音。授業が始まり、授業が終わる。
Tが持つボード(六月十日8時46分→16時2分)
放課後。学生1は学生3の方を少し気にする。学生3は読書中
________________________________________
学生1「よ、帰ろうぜ」
学生2「ごめん、今日ちょっと用事があるんだ。先帰っててくんない?」
学生1「お、おう…じゃあまた。大変そうだな」
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学生1が帰る。学生3、反対方向へ帰る。学生2、学生3の方へ歩いていく
学生1の方向にTが歩いていく
学生1、会社員上下から歩いてくる。横断歩道で並んで止まる。(車が行きかう音)
会社員、仕切りに腕時計やカバンの書類をチェックする
学生1、暇そうにスマートフォンをいじる
会社員、学生1の方をチラっとみる。学生1余裕の表情。
________________________________________
会社員「(いいなあ、学生は暇そうで)」
学生1「(やっべ、信号が青に変わった)」
(鐘の音)
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(横断歩道のメロディ)学生1、会社員同時に歩き出す。暗転。
【六月十日】4回目
学生1の部屋。学生1、目が覚める。目覚まし時計を見、学校へ行く支度をする。
準備が整った後、ドアを開けて出ていく。
Tが持つボード(六月十日8時46分)
教室。学生1、学生2、挨拶を交わす。
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学生2「なぁ、今日が何の日か知ってる?」
学生1「ああもう、それ以上その質問をしないでくれ。頭が混乱する」
学生2「えっ?」
学生1「こう、毎日毎日今日が何の日か知ってる?なんて聞かれてもな」
学生2「まだ今日しか言ってないけど?」
学生1「…『時の記念日』の次はなんだ?」
学生2「いや…あの…正解です」
学生1「今日もか!」
学生2「なんだよ、今日もって」
学生1「最近そればっかりじゃないか」
学生2「だから、今日が初めてだって」
学生1「今日何日だ?」
学生2「六月十日…」
学生1「おかしいな…こんなやりとり、前にもあったような」
学生2「ひょっとしてデジャヴかな?」
学生1「あー…具合が悪いのかもしれない。」
学生2「知恵熱か?」
学生1「そうかも。早退しようかな」
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チャイムの音。授業が始まり、授業が終わる。
Tが持つボード(六月十日8時46分→10時33分)
自宅の部屋。
学生1「おかしい。本当に疲れているのかもしれないな…今日は寝よう。明日になれば、きっと良くなる」
(遠くで鳴る鐘の音)
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【六月十日】5回目
学生1の部屋。学生1、目が覚める。目覚まし時計を見、学校へ行く支度をする。
準備が整った後、ドアを開けて出ていく。
Tが持つボード(六月十日7時30分)
学生1、引き返す
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学生1「待て待て。なんでまた六月十日なんだよ。…夢か。今までが今日の予習ならまたあの今日は何の日~とか、忙しいから一緒に帰れない~とかあるんだよな…よし、今日はできないことをやろう」
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学生1、再びドアを開ける
Tが持つボード(六月十日8時46分)
教室。学生1、学生2、挨拶を交わす。
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学生2「なぁ」
学生1「今日が何の日か知ってる?」
学生2「!」
学生1「『時の記念日』…だろ?」
学生2「お、おまえ…なぜそれを!」
学生1「こういう毎日の学校生活が恋しくなる日がくるんだから、君も青春をじゃんじゃん謳歌してくれたまえ」
学生2「…!」
学生1「どうした?」
学生2「すごいな。俺が言いたいことを全て言い当てるなんて」
学生1「何言ってんだよ。親友の仲じゃないか」
学生2「お、おう!それにしてもまるでエスパーだな!」
学生1「エスパーねぇ…おっともうこんな時間か」
チャイムの音。授業が始まり、授業が終わる。
Tが持つボード(六月十日8時46分→16時2分)
放課後。学生1は学生3の方を少し気にする。学生3は読書中
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学生1「よ、今日は用事があるんだろ?」
学生2「え?ああ、そう…だけど」
学生1「俺も用事があるんだ、じゃあまた明日な」
学生2「そうか、じゃあ、また」
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学生2、忙しそうに去る。
学生1、読書している学生3に近づく
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学生1「あ、あの…」
学生3「(読書に夢中になっている)」
学生1「読書中失礼します!」
学生3「…何でしょう?」
学生1「今日、空いていますか?」
学生3「…空いていますが?」
学生1「じゃあ、じゃあ!一緒にお茶してもいいですか!」
学生3「お茶…」
学生1「ダメですか?」
学生3「少しだけなら」
学生1「ありがとうございます!」
学生3「あの…」
学生1「どうしました?」
学生3「敬語じゃなくても…」
学生1「そ、そうだよね!ハハハ、じゃあ行こうか!」
学生3「はい」
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学生1,3、お茶をしに出かける。
喫茶店。1が3に楽しそうに話す。3、無言でコーヒーをすする。
会社員、仕事用のパソコンをいじりながら、コーヒーをすする。
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学生3「あの…」
学生1「どうしたの?」
学生3「今度は私の行きたいところへ行ってもいい?」
学生1「いいよ!どこに行きたいの?」
学生3「…バッティングセンター」
学生1「えっ?」
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(バットでボールを打つ音)
バッティングセンター
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学生3「…ふう」
学生1「ここ、よく来るの?」
学生3「うん。(バットを振る)よォーし、もう1ゲーム!」
学生1「意外だな…」
学生3「意外?(カキーン)そうかな?」
学生1「いや、意外だよ!こんなにアクティブだとは思わなかった」
学生3「やっぱり私がバット振る姿なんて想像つかないのかな…?」
学生1「そ、そんなことないよ!すごいよ!」
学生3「すごいの…かな」
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学生3、最後の一振りをし、満足そうに戻る。
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学生1「楽しかった?」
学生3「もちろん!(満面の笑み)」
学生1「よかった…!」
学生3「ねえ…また暇なときがあれば誘って」
学生1「え?いいよ!いいに決まってるじゃないか!」
学生3「ありがとう。嬉しい…じゃあ、また今度」
学生1「うん。また今度…」
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学生3去っていく。それを見送る学生1
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学生1「また今度、かぁ…最高だ。こりゃあ明日も頑張れそうだ」
(鐘の音)
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学生1、去る。
【六月十一日】
診察室
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医者 「今日はどうされました…?」
会社員 「…」
医者助手「…言いにくいことなんですか?」
会社員 「…いえ、そういうわけじゃ…」
医者 「いいですよ、無理に話さなくても。でも、ここに来たってことは何かあったのですね?」
会社員 「まぁ、仕事のことで…ちょっと苦しくて。ただ、先生と話すだけでも幾分か楽になるんです」
医者 「それはよかったです。少しでもお力になれれば…」
会社員 「力になっています、なっていますよ!」
医者 「はあそれは」
会社員 「また…来てもいいですか?」
医者「いいですよ、いつでも待っていますから」
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六月十日【6回目】
学生1の部屋。学生1、目が覚める。目覚まし時計を見、学校へ行く支度をする。
準備が整った後、ドアを開けて出ていく。いつもより楽しそうに。カレンダーを見る余裕もなく。
Tが持つボード(六月十日7時30分)
Tが持つボード(六月十日8時46分)
教室。学生1、学生2、挨拶を交わす。
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学生2「なぁ、今日が何の日か知ってる?」
学生1「どうでもいい」
学生2「え?」
学生1「すごくどうでもいい」
学生2「おいおいどうした、顔がほころんでいるけど?」
学生1「えっそうかな~」
学生2「なんか昨日いいことでもあったか?」
学生1「え?ああ、うん」
学生2「ま、いいや。色々聞くのはやめよう」
学生1「そういえば今日何日だ?」
学生2「え、六月十日…だけど」
学生1「六月十日?!」
学生2「どうした?」
学生1「じゃあ昨日のことじゃなくてあの時のことは今日…」
学生2「何言ってんだおまえ…」
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チャイムの音。授業が始まり、授業が終わる。
Tが持つボード(六月十日8時46分→16時2分)
放課後。学生1は学生3の方を少し気にする。学生3は読書中
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学生1「昨日のことは今日、今日も昨日…」
学生2「どうしちゃったんだよ」
学生1「もしかしたら覚えているかもしれない。そうだ、きっとそうだ」
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学生1、学生2に気を留めず、読書している学生3に近づく
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学生1「あ、あの…」
学生3「(読書に夢中になっている)」
学生1「読書中ごめん!」
学生3「…何でしょう?」
学生1「あの時は楽しかったね!」
学生3「あの時?」
学生1「ほ、ほら一緒にお茶飲んだり、バッティングセンターに行ったり…」
学生3「お茶…?バッティングセンター…」
学生1「行ったよね?」
学生3「行ってないよ?」
学生1「え…」
学生3「それに、なんで私がバッティングセンターに通っているのを知っているの?」
学生1「それは…」
学生3「誰にも話したことがないのに」
学生1「え?!」
学生3「…変な人」
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学生3、勢いよく去る。学生1背中が重たく、学生3を見送る、少し歩く。
会社員歩いてくる。横断歩道で並んで止まる。(車が行きかう音)
会社員、仕切りに腕時計やカバンの書類をチェックする
学生1、心ここにあらず
会社員、学生1の方をチラっとみる。学生1魂の抜けた表情。
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会社員「(いいなあ、学生はぼーっとする余裕があって)」
学生1「(わかった。俺は六月十日をループしているんだ。だから、あいつもあの人も俺がすごした今日を覚えていないんだ。でも、これも夢かもしれない。こういう夢なんだ。そうだ、きっとそうだ)」
(鐘の音)
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(横断歩道のメロディ)学生1、会社員同時に歩き出す。暗転。
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【六月十日】7回目
学生1の部屋。学生1、目が覚める。目覚まし時計を見、学校へ行く支度をする。
準備が整った後、ドアを開けて出ていく。
Tが持つボード(六月十日8時46分)
教室。学生1、学生2、挨拶を交わす。
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学生2「なぁ、今日が何の日か知ってる?」
学生1「…時の記念日」
学生2「う、ん…そう…だよ」
学生1「…」
学生2「嫌なことでもあった?」
学生1「いや…」
学生2「あるんだろ?それとも、俺に言いづらいことなのかよ?」
学生1「言ったって信じてくれない」
学生2「試しに言ってみればいいじゃないか。な」
学生1「じゃあ、お前はなんで毎日毎日今日が何の日か知ってる?って聞くんだ?」
学生2「そんな、今日初めて言った…」
学生1「昨日のお前も同じことを言ったんだ」
学生2「え?」
学生1「おかしいのは俺の方かもしれない…でも俺は昨日もその前の日も六月十日だった」
学生2「…」
学生1「おかしくなっちゃったんだよな?俺。それともまだ夢から醒めてないからかな?」
学生2「…保健室行ったほうがいいんじゃないか。疲れてるんだよきっと」
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チャイムの音。授業が始まり、授業が終わる。
Tが持つボード(六月十日8時46分→16時2分)
放課後。学生1は学生3の方を少し気にする。溜息。学生3は読書中
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学生1「…(溜息)」
学生2「ごめん、今日ちょっと用事があるんだ。先帰っててくんない?具合悪いのにごめんな」
学生1「そうか…」
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学生1が帰る。学生3、反対方向へ帰る。学生2、学生3の方へ歩いていく
学生1の方向にTが歩いていく
学生1、停まる。陰に隠れる
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学生2「あのさー!」
学生3「(読書に夢中になっている)」
学生2「ちょっといいかな?」
学生3「…何でしょう?」
学生2「今日、空いてる?」
学生3「…空いてるけど?」
学生2「よし、じゃあバッティングセンターに行こうぜ!」
学生3「いいの?」
学生1「(さっき誰にも話したことがないって…)」
学生3「嬉しい」
学生2「たまにはスカッとしたいよな、スカッと!」
学生3「あの…」
学生2「どうした?」
学生3「今日も君の友人の視線が…」
学生2「あ~、ばれちゃうよな~やっぱりそろそろ、付き合っているって言ったほうがいいかな~」
学生3「そう、だね」
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学生2,3仲良く去る。学生1に気が付かない。
学生1、二人を見送った後、足取り重く
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学生1「なんだよ…なんだよそれ…ふざけるな!」
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学生1、全力疾走…
学生1、会社員上下から歩いてくる。横断歩道で並んで止まる。(車が行きかう音)
会社員、仕切りに腕時計やカバンの書類をチェックする
学生1、何とも言えぬ表情
会社員、学生1の方をチラっとみる。
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会社員「(いいなあ、そんな顔しても学生はやり直しがきくんだから)」
学生1「(怖い。また今日が来る。次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も…)」
(鐘の音)
♪Pink Floyd「Time」
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~第二幕
人が行き交う。無表情で動く。笑顔で停まる。無表情で動く。の繰り返し。
T、中央で冷静に見守る。【六月十日】8回目、9回目、10回目…数えるのも飽きた頃。
学生1、満身創痍で手を伸ばす。その先にT。T、学生1を見つめるが助けようとしない。
学生1、中央に立ち。下を見つめる。前から倒れようとする。
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誕生日の人「ちょっと待った!」
学生1 「…」
誕生日の人「そういう不謹慎なことを目の前でされても困るな~」
学生1 「…離してください」
誕生日の人「いいや。やるなら今日じゃなくて明日にでも回してくれたまえ」
学生1 「明日…明日なんて来やしませんよ」
誕生日の人「そりゃあそんなことしようとしたら明日なんてないさ。その明日も全ては今日のこのために!」
学生1 「このため?」
誕生日の人「さあ、パーティーの始まりだ!是非とも参加してくれたまえ」
学生1 「何を?」
誕生日の人「私の誕生日会さ!」
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誕生日の人、学生1を無理やり連れていく。
学生1 「遠慮しますって!」
誕生日の人「遠慮?何を遠慮する必要がある?もしかして、名も知らぬ他人の誕生日を素直に祝えないのか!」
学生1 「そんな…」
誕生日の人「それなら君も私にとって他人だ。だが、ここで会ったのも何かの縁。人と祝う楽しみを分かち合うことは、たとえ他人でも目的が同じであれば、長年の付き合いのようになるものだ。誕生日会が終われば君が残酷な終焉を迎えても構わない。それは君の人生であり、私が干渉していいものではない。君を知ったような顔した他人が教科書の道徳を振りかざしてまで私は止めるつもりはない。その時は遠慮せずに思いっきり飛び込んでくれ」
学生1 「(力が抜けたように)なんですか!優しいんだか、無関心なんだか!」
誕生日の人「どっちも、だ。君の苦しみを知らないからこそ、私はひたすら今日という瞬間を楽しむんだ。ちょっとだけだから。さあ、歌おう!ケーキに蝋燭を立て、甘いシャンパンで乾杯の音頭を!」
2人 「♪ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディア…」
誕生日の人「♪わたし~」
2人 「♪ハッピーバースデートゥーユー」
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突然に人が集まる。拍手。クラッカーの音。誕生日の人、勢いよくケーキの蝋燭の火を消す。誕生日の人テンションMAX。酔ったように。学生、人だかりと祝福の声に圧倒される。ディスコ会場のような盛り上がり。
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学生1 「お、おめでとうございます!!」
誕生日の人「(高揚と)ありがとう!ありがとう!父母よ!この血を受け継ぐ祖先の者たちよ、そしてすべての生命の営みを育んだ母なる大地に祝福を…!」
学生1 「それ、ちょっとオーバーじゃないですか?」
誕生日の人「これでかまわない。1年に一度だけのイベントだ。盛大にしないと」
学生1 「こんなに盛大に祝う誕生日って有名人みたいですね」
誕生日の人「己を知ってもらうことは、生きた証を残す。それだけで有名さ。そして、その人の思い出の中でずっと私は生き続ける。もちろん君の記憶の片隅にも、だ」
学生1 「強烈な思い出になりましたけど」
誕生日の人「おっと、君から誕生日のプレゼントをもらっていなかったが…」
学生1 「(皮肉交じりに)他人からのプレゼントでも喜びます?」
誕生日の人「(真剣に)誰が他人だ!君が私の誕生日を祝ったからには他人ではない。もちろん私もだ。私の知り合いが心のこもった誕生日プレゼントを渡してこの世を絶つなどと、そんな悲しいことがあってたまるか!」
学生1 「わかりましたよ!買いに行けばいいんでしょ!」
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学生1、誕生日の人の部屋から出る。そこに、そわそわした男(一定の場所を行ったり来たり)現れる。男が気にしそうに学生1に目をやるが、学生1は関わりたくなさそうに逸らす。男の動きがシャトルラン終盤のような動きになる。
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学生1「あの~どうかしました…?」
父 「ああよかった…本当に助かった…このまま君が去ってしまうと思うと僕はどうしたら…」
学生1「あ、この部屋の人がうるさいですよね。彼に言っておきます」
父 「ああ、いいんだよ…そんなことよりもこっちの方が大事だからね」
学生1「こっち?」
父 「生まれるんだよ、僕の子供…(急に言い出したので、学生1引き気味になる)いや、そういうことじゃなくてだね、僕の奥さんが今日出産の日なんだ…」
学生1「おめでたいことじゃないですか!」
父 「そうだけどさ、自分の子供だろ…そりゃあドキドキして眠れなくて、赤ちゃんと顔を合わせるのが待ち遠しくて、こう、恥ずかしいというかなんというかそわそわして落ち着かなくて…つまり、一緒に産婦人科へ立ち会ってほしいんだ」
学生1「俺がですか?!」
父 「知人じゃ僕のこんな姿見せたくないし…頼むよ」
学生1「(考える)」
父 「だめかい?」
学生1「…行きましょう」
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産婦人科。じっと待つ二人。神に祈るようにぬいぐるみを強く握る父。産声。歓喜の表情、喜びを分かち合い抱き合う二人。感極まって涙を流す父。安堵する学生1。そのとき、彼にとっての六月十日が平凡ではないものではなくなった。T、その場を去る。命日の人、Tと逆方向から歩き出す。
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父 「ああ、なんて可愛いんだろう。なんて小さいんだろう」
学生1「初めてです、出産に立ち会うのって」
父 「君も僕も最初は小さく脆い赤ん坊だったって思うと感慨深いだろう」
学生1「そうですね、いつもどこかで命が生まれていることが間近で見られたというか…」
父 「そうだね、はあ、これから名前とか決めて、どんな服着せて、どんな風に可愛い女の子に育っていくんだろう。優しくて明るくて健康であれば何も望まないけど…」
学生1「あ、そういえばプレゼント」
命日の人「(何かにつまずいて)あっ」
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命日の人、倒れる。
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学生1「だ、大丈夫ですか?(息を確かめたり、心臓の音を確かめたりする)え…まさか」
父 「と、とにかく慌てるな、医者、医者だ!」
学生1「あなたは落ち着いてください!俺が呼んでくるんで!」
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心拍計、ゼロの音からフェードアウト。診察室。医者と会社員
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医者 「いいですか、自律神経が乱れるとやる気が損なわれたり食欲不振になったり、寝不足になったりします。この症状は生真面目な人ほどなりやすいんですよ」
会社員 「はあ、でもここにいると落ち着くんです。私にとって先生方はさしずめ福音をもたらす聖者の様な…」
医者助手「言いすぎですよ」
会社員 「先生自身が私の処方箋なんです。抗生物質なんです」
医者助手「…辛い時に即効性がありそうですね」
会社員 「今度、空いている日ってありますか?」
医者 「プライベートはさすがに…診察時間内であればここでお待ちしています」
会社員 「そうですか、いや、また先生に会えると思うと心が躍るんですよ」
医者 「それはよかったです」
会社員 「じゃあ、また、…」
医者 「ええ。お疲れ様です…」
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会社員、名残惜しそうに去る。医者、首を傾げる。医者助手、呆れ顔
【誕生日会、出産日から次の六月十日】
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命日の人 「あの、助けていただいてありがとうございます」
学生1 「いえいえ」
命日の人 「私、倒れそうになったとき、初めて死の恐怖を覚えたんです。目の前が朧げになって、苦しみや痛みとかそういうものも感じなくなって、ただ真っ黒い闇が続く瞬間が。それだけが怖いんです。」
誕生日の人「で、なぜ私が偉大なる己の誕生日会そっちのけでここに連れ出さねばならんのだ」
父 「誕生日会?何を言う、わが愛娘の誕生の日でもあるんだぞ。(学生1に)しかし、名も知らぬ君が駆けつけてくれたのは嬉しいが…」
学生1 「(誕生日の人に)ハイ、プレゼント。(父に)もちろんですよ。娘さんの大事な日ですからね」
誕生日の人「(プレゼントを開け)なぜ私の好きなものを…!君はエスパーか!私のことを喜ばせ上手か!」
命日の人 「うわぁ、おめでとうございます!」
誕生日の人・父「どういたしまして」
命日の人 「私、人間の暖かさを知れた気がします」
学生1 「(命日の人から離れて)どうしたらいいんですか、こういう時って」
誕生日の人「君の話によると結局この人は今日が命日ってやつなんだろう?にわかに信じがたいが」
学生1 「そうなんです」
父 「ああ、なんて日なんだ…せめて楽しませてあげたら」
命日の人 「では、私はこれで」
学生1 「あ、待ってください!」
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命日の人、お辞儀をし、去って行く。突然、車のクラクションが勢いよく鳴り響き、急ブレーキの音と共に鈍い音がした。
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3人 「あ…(振り返る)」
学生1 「そんな…あまりにも呆気なさすぎる…」
~第三幕
(学生1が逃げるように去っていく。颯爽と現れたTの周りに六月十日の人々が集まる)
T 「どうでした?六月十日は」
学生2 「いやぁ、彼女とのバッティングセンターは実にスカッとしたデートでした!」
学生3 「私もそう思います」
誕生日の人「この日が誕生日であって最高ですとも。何分後悔してませんな」
父 「私の娘が生まれた特別な日…これからもずっと大切な日ですね」
命日の人 「私は…」
T 「どうでした?」
命日の人 「あまりよく覚えてないですけど、いろんな人に親切にしてもらいました。人の優しさが私をここまで生かしてくれたと思うと感慨深いです」
T 「よろしい。自分にとって良い日を厳選し、その日をひたすら繰り返す。嫌な過去も辛い未来も夢のようなひと時を永久に…これが、私たちのビジネスなのです。では、また次の今日、フレッシュな気持ちで迎えましょう」
【六月十一日】
診察室。医者と医者助手と会社員
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会社員 「せんせぇ~…」
医者 「ど、どうしました?」
会社員 「私の懺悔を聞いてくださぁああい!」
医者助手「とりあえず落ち着いてください…吸って、吐いて…はい、改めてどうしたんです?」
会社員 「営業用の商品を使ってしまったこの私を許してください…」
医者 「私はあなたの上司ではないのでなんとも…。つかぬ事をお伺いしますが、お仕事は何をされているんですか?」
会社員 「いいです。洗いざらい先生には話します…。私の仕事はある日を切り取ってお客様に提供するサービスが売りなんです。好きな日付を選び、その記憶とその時の出来事そのままを追体験してもらう…」
医者助手「夢のようなサービスですね」
会社員 「そう、まるで夢のようなベンチャー企業なんです」
医者 「その商品というのは?」
会社員 「まだ試供の段階なので仮名でTとしますが、サンプルがコチラです」
医者助手「へぇ、これが…。なぜ使ってしまったのですか?」
会社員 「私たち、このTを作るために、毎日のありとあらゆる出来事を記録するのですが、なかなかに途方もない話です。やめていく連中も多くいました。僕の同僚も、入社したては活き活きしていたのですが、こんなことを毎日やっていちゃ無気力にもなるし何のために働いているのだろうって思っちゃって。ああ、たぶんこいつもしばらくすれば辞表をペッと渡して去っていくのだろうと思っていました。しかし」
医者 「しかし?」
会社員 「どういうわけか、ここ最近人が変わったように会議のプレゼンは出来るし営業先で大企業との交渉を見事に成立してくるし、作業が人の何倍も早く仕上げてそそくさと帰って、しかも上司のお気に入りに昇格するので職場も大いに喜んだんです」
医者助手「よかったじゃないですか」
会社員 「でも、そんな急に人が変わるっておかしくありません?いままで昼休みに職場を抜け出して河川敷でぼーっと何かを見つめながら時々川に石を投げていた人が」
医者 「よっぽど、その方の中に変化が起こったのでしょうね」
会社員 「まぁ、そうですけど…私としてはというか、あいつの営業成績がうなぎ登りで、それが気に食わなくて躍起になっていました。いままで最初から真面目にやってきた私が急に勢いづいた奴に抜かれるなんて…そうやってカリカリしながら営業先に向かう途中、ある横断歩道で学生と信号を待っていた時…」
医者助手「はあ」
会社員 「信号が青になった途端、彼が歩きだしたら、右折しようと車が…」
医者 「それで彼は交通事故に遭遇してしまったと…」
会社員 「(頷き)それまで私は羨ましそうに彼を見ていたんです。夢のような時間を作るために、自分の時間を削る自分が馬鹿馬鹿しい。いとも簡単に時間を消費してしまう彼はこの先思い知ればいい、と。そうしたら…」
医者 「…何とも言えませんね。でもあなたはそう『思った』だけ…」
会社員 「せめて彼の何でもなかったであろう今日を生きて欲しかった。そして私は試供品のTを昨日の六月十日に設定してしまいました…(独り言のようにぼそぼそと)これを上になんて報告すればいいか…」
医者 「いいですか、あなたがやるべきことは」
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学生2,3楽しそうにして。誕生日の人、有頂天に。父、歓喜の表情。命日の人、ぐったりと横たわる。それぞれがオブジェのように佇んでいる。その中央に学生1、T
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T 「なぜ、あなたはそんな暗い顔をしているのですか?」
学生1「せめて夢なら醒めて欲しいと思っただけだ。いつも通り誕生日を迎えるように、赤ちゃんが生まれるように、人も死ぬ。だけど、俺だけは何をしても次の日に進まないことを知っていることが悪夢だ」
T 「悪夢だって?君は自由を手に入れたに等しいのに。老いもせず、死にもせず、ただひたすらに彼らとは違う時間をすごせただろう」
学生1「確かに、ただ時間は一緒に過ごす人がいないと、思い出をその瞬間に共有できる人がいないと孤独なだけだ」
T 「なるほど。楽しいことも共有する時間と人が同一でなければ思い出として成立しない、と。」
学生1「お前は何か知っているのか?」
T 「知っているも何も…私はお客様の時間を記録しているだけです。お客様は夕方の17時48分以降の記憶がありませんので、そこから六月十日を繰り返すように設定されています。私はお客様の使用期限が近付いたことを通知しに来ました」
学生1「期限…?じゃあここから出られるんだな?」
T 「ええ。ですが、また戻りたくなる時はいつでもこれを(「choose day 強心剤T薬)と書かれた薬品を渡す)」
学生1「誰が戻るか!…強心剤T薬?」
T 「時間です。またのご利用をお待ちしております」
(鐘の音)
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病室。【六月十三日】
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医者助手「やっと目が覚めましたね…でも、まだ安静にしていてください」
学生1 「ここは…?俺、六月十日から戻ってきたんですか…?」
医者 「六月十日?ああ、今日は十三日ですよ」
学生1 「十三日…?」
医者 「あなたは事故から三日も意識を失っていたんですよ…でも軽傷で済んで本当によかった」
学生1 「じゃあ、あれはやはり夢だったんだ」
医者助手「夢?」
学生1 「六月十日をずっと繰り返す夢です。友達と出かけたり、知らない人の誕生日を祝ったり、その日に生まれる子供がいたり…命日だった人がいたり」
医者 「(医者助手と顔を見合わせ)そうですね、当日に同じく交通事故に遭った方がここに運び込まれたそうです」
学生1 「…亡くなったんですね」
医者 「…残念ですが」
学生1 「そうですか…」
医者助手「あなたの第一発見者の方がこれを…」
医者 「過去の好きな日付に戻れる薬です。あなたの記憶次第ですが、失った日を取り戻せるようにできるそうです」
学生1 「俺だけが戻っても仕方ないですよ。過去は上書きできないですし、むしろ明日があることが嬉しいです」
医者助手「わかりました。彼にもそう伝えておきます」
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Tの周りに六月十日の人たちが集まる。
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T 「そうです。過ぎ去った時間は決して戻りません。大きなイベントも悲惨な事件も友と過ごした時間も、始まりがあれば終わりは必ず来るのです。何事もなかったように毎日は消費されていきます。心臓の鼓動が刻むのと同時に時もまた刻まれていきます。その積み重ねが歴史です。過去をやり直すことはできませんが、過去から学ぶことはできます。そこから如何様にも未来は変えられます。自分ではどうにでもできないときもあるでしょう。周りや環境のしがらみもあるでしょう。それでも時間は等しく与えられます。あなたが時間をどう使うかはあなた次第です。それでも苦しくなったときは私を服用してください。思い出を懐かしむことは悪いことではありません。どうぞ、こころゆくまで楽しい時間を過ごしてください」
【完】
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